37 同居 -1

土方、伊東、斎藤、藤堂が新隊士らを引き連れて帰京した翌々日の朝。

斎藤は、近藤と井上の待つ部屋に呼ばれた。いつもは穏やかなこの二人の表情が、今日ばかりは険しかった。

話は……斎藤の留守に起きた、あの暴行未遂事件だった。

沈痛な表情で労わるように話されたその事件の一部始終を聞く間、斎藤の拳は膝上で固く握り締められていた。

予見できた事態。危惧していたことが実際に起こり、未然に防げなかった自分の詰めの甘さを悔いた。

助けを呼んだ時、その声を聞いたのが沖田だったのは幸か不幸か。

斎藤は、立場と言う枷がなければ、その男達を切り捨ててしまいたい位だった。

勿論、犯人らはそれに類する罰をうけたわけだが。その事について千恵には何も言うまいと固く心に誓った。

「それで……今後の事なんだがね」

井上は、無事だった事を強調して話し終えると、近藤の方をチラリと見た。

自分達の案を恐らく飲むだろうが、最後の決定は斎藤君に委ねよう、と先に打ち合わせてあった。

「斎藤君、彼女を……月宮君を君の小姓に任命しようと思うんだが、どうかね?」

土方の小姓である千鶴が無事である理由。千恵が山南の小姓だった時は手出しされなかった理由。

それは、幹部の小姓という正式な立場が、隊士への大きな牽制となるからに他ならない。

幸い、短期間とはいえ総長の小姓を務めており、その実績も残っている。伊東派からの異論もないだろう。

近藤と井上の提示したこの案に、斎藤は躊躇わず乗ることにした。

「このお話、有難く受け賜ります。月宮を俺の側に置かせて下さい」

本来の斎藤なら、大幹部でもない自分がそんな、と謙虚に辞退するところだが、今回ばかりは有難かった。

もう、離したくなかった。可能な限り側に居てやり、何かの時は自分が守りたい、そう思った。

「ああ、もっと早くこうすべきだったがね。起こった事は仕方が無い。まずは彼女を労わってあげなさい。

 まだ……ちゃんと泣いていないようなんだよ。相変わらずの気働きが、よくない方に向いてね。

 心配かけないよう、逆に皆を励ますように笑うんだよ。気を遣う子だからね。自然とそうしてしまうんだ」

井上の心配げな声に、近藤も斎藤も同意した。

一見さっぱりして明るい千恵だが、その実、常に少し遠慮してる所があった。

もう少し頼って欲しい、そう思わせる懸命さは、特に本人も意識していないのだろうが。

今回は事が事なだけに、余計心配だった。斎藤は一刻も早く千恵に会いたかった。

話は済んだと斎藤が立ち上がりかけた時、近藤が声を掛けた。ちょっとした悪戯心のある笑みは、沖田と似ている。

「ああ、斎藤君! 部屋を用意したから、今日からそちらに移りたまえ! 二間続きの空き部屋、あそこだ」

「どういう事ですか?」

「トシも俺も使っているだろう? 君達も、奥を寝間にして、手前を居間にするといい。

 これで気兼ねなく睦めるというものだ。いや、我ながら実に妙案だ、ハハハ!」

「いえ、それは……その……」

面食らう斎藤の、異論の言葉はサラリと近藤の笑い声にかき消された。

祝言もまだで、心の準備も出来ていないのに、本人達の与り知らぬところで、二人の部屋は用意され。

今日から、相部屋生活に入ることになったのだ。



斎藤の退室後、井上はこの大らか過ぎる采配に、なんとも言えない表情をした。

「勇さん、男女同室というのはいささか行き過ぎじゃないかい? 彼なら風紀がどうのという心配はなかろうが」

「ああ、斎藤君ならそうだろうな。だが、こうでもせんときっと彼は自分からはどうも出来んだろう?

 仕事柄無理もないが、己は短命だと決め付けてる節があるからな。少しは周りで勢いをつけてやらんと。

 何、そのうち我慢出来ずに手を出せば、あの律義者の事だ。正式に祝言を挙げたいと言ってくるだろうさ!」

「なるほど、そういう事なら私も温かく応援しよう。今祝言を勧めても、生真面目な彼は固辞するだろうからね。

 まぁ……若後家にしたくない気持ちは、よく分かる。私も様子を見守ろう」

井上は、やれやれと肩をすくめて、ついでに子でも出来ればいい、と話を続ける近藤に苦笑した。




斎藤が私室に戻ると、既に自分の荷物は移された後だった。……他の幹部もグルか。

諦めて二間続きの新しい部屋に行くと、千恵が困惑顔でチョコンと座っている。

途端、愛しさや色んなものがない交ぜになって、襖を閉めるとそのまま彼女を抱き締めた。

帰京した直後から、新隊士の割り振りや留守の間に溜まった仕事をこなすのに忙しく、ほとんど話せていなかった。

僅かに作れた時間で軽く交わした口付けも、ややぎこちなかったが久し振りだからだろうと思っていた。

もっと良く見ていれば、もっと話を聞いてやれば、千恵にこんな思いをさせずに済んだのに。

自分からは言い出せず、きっとどう接していいか分からなかったに違いない。そう思うと自分が不甲斐なかった。


「もう、大丈夫だ」

「あ……さいと、う……さんっっ!! ふぅっ……うぅっ……っく……」

それまで堪えていたものが一気に押し寄せる。

後から後から流れる涙を拭うことなく、千恵は斎藤の着物に吸い込ませた。


怖かった。辛かった。人のいない場所に行くと足がすくんだ。玉砂利が鳴る度、体が強張った。

斎藤さんの固く引き締まった胸に体を預けると、湯船に浸かった時のように体の力が抜けて楽になった。

千鶴ちゃんと離れるのは寂しかったし申し訳なかったけど、お話を貰ってホッとしたのも本当だ。

斎藤さんなら守ってくれる、斎藤さんといれば大丈夫、そう思えたから。

やがて涙も止まり、ちょっと恥ずかしくなって顔を伏せていると、優しい手が頭をそっと撫でた。

この手、この感触を待ってたんだ。ああ、やっと帰って来たって実感が湧く。

目を瞑ってその心地よさを味わった。フワフワと体ごと宙に浮かんでいるような気分。

温かい胸の心音に耳を傾けながら、温かさに身を預けると…………安堵でスゥッと夢の世界に入っていった。


…………眠ったか。

余程気を張っていたんだろう、髪を撫でているとじきに寝息が聞こえた。

斎藤は千恵を抱き上げると、片手で布団を奥の間に敷き、起こさないようそっと横たえた。

千恵の手は斎藤の袖をギュッと握り締めたままで、その様子を見てクスリと笑った。

変らんな。

一年以上前にも、半年ほど前にも、同じように袖を掴んでいたな。あの時はまさかこうなるとは思っていなかったが。

いや、最初に袖を掴まれた時から、もうお前に捕まっていたのかもしれんな。

斎藤は千恵の横に添い寝して、柔らかな髪を撫で続けた。夢に魘されたあの時にそうしたように。

「悪い夢は終わったんだ、忘れろ」

そう小声で囁くと、彼女の隣りで自分も目を瞑った。



夕方、体の疲れもすっかり抜けて気持ちよく目覚めた斎藤は、隣りの千恵の寝顔を眺めていた。

穏やかな寝息が可愛らしく、魘されていなくてよかった、とホッとする。

すると、そんな気配を感じたのか、千恵はうっすらと目を開け、まだ半分夢から覚めない様子で斎藤を見上げた。

「斎藤さん? ……あのね、ちゃんと守れたよ? 絶対嫌だったから。斎藤さん以外の人と口付けなんて、やなの」

「千恵……!」

「ん? んっ……ん」

少し口角の上がったその唇から囁くように出た言葉に、胸が苦しくなるほどの愛しさが込み上げた。

軽くあわせるだけのつもりが、気付けば千恵の唇に舌を滑り込ませていた。

怖い思いをした彼女にそれを思い出させないよう、体はずらし、覆いかぶさらないようにした。

唇を味わい、中の温かさに酔い、舌で強く抱き合うかのように、千恵のそれに押し付ける。

ツルツルした裏側を舐めてやると、コクンと唾を飲み込んで、千恵の背中が浮き軽く喉が仰け反った。

ザラリとした表側を擦り合わせると、その刺激で次第に斎藤も体が熱くなり、奥の方に熱が集中した。

まだ、もっと、と思う自分と、そろそろ止めないと本当にまずい、と思う自分が闘っている。

どうにか後者に勝利を譲り、ゆっくり唇を離すと、ホウッと息をついた千恵に、斎藤は目を細めて笑った。

「今日から一緒だ。そばにいる」

鼻先に軽く口付けると、千恵も照れたように笑った。



屯所に平和が戻ってきた。



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