24 散髪
私の恋煩いに皆がひとしきり気を揉んだ翌朝。あっさりと通常営業に戻ったのは、皆さんの努力の賜物でしょう。
朝、襖を開けた所に置いてあった紅白の折鶴は、多分沖田さんからの謝罪と応援のメッセージ。
何も言わず、私達の文机の上に飾っておいた。永倉さんは何か言いたげだったが、その度に原田さんが羽交い絞めした。
土方さんは私の頭をポンと軽く叩くと、後は普段通り。そして肝心の斎藤さんはというと……。
やはり別段変わった風もなく、朝餉もしっかり食べ剣戟指南に向かった。ただ一つだけ変わったこと、それは――
「お疲れ様です、今お茶入れてきますね」
「ああ、頼む」
今までどちらが誰のお茶を入れるとか、特に決めていなかったんだけど、斎藤さんのお茶は私が担当する事になった。
一日数回、毎日の事だから、結構露骨な気がするんだけど……。
それぐらいしないと斎藤さんは絶対一生気付きません! という力強い千鶴嬢の号令で決定した。
ちなみに千鶴ちゃんは、土方さんのお茶担当。なんでも、お茶を持って行かないと休みもしないから、だそうだ。
確かに斎藤さんといい、土方さんといい、放っておくといつまでも働く男性には、つい世話を焼きたくなる。
十月に入って穏やかな陽気が続き、今日は斎藤さんも非番。本当は誘って外出したいんだけど、
切り出せないままこうやって二人、縁側でお茶を啜っている。これはこれで幸せだけどね。
あ、そうだ、千鶴ちゃんに頼むつもりだったけど、この際、斎藤さんにお願いしてみようかな?
「斎藤さん、髪っていつも自分で切ってるんですか?」
「そうだ、変か?」
「いえいえ、私も随分伸びたから、切りたいんですよ。今日非番ですよね、お願い出来ませんか?」
「切るのか!? いや、それは……」
「そうですね、じゃあ、肩下ぐらいで――」
「何故!?」
「へ?」
「いや、早すぎるだろう。一体何があった!?」
「ほ?」
「あ、尼削ぎにするなど……二夫にまみえぬというより、まず夫もおらん、よせ!」
「……ああ!! プッ! クスクス、違います、違いますよ斎藤さん。そんなんじゃないんです!」
「違う、のか?」
フフフ、まさか本気でそんな事考えるなんて! 時々斎藤さんのこういう天然さに、つい可愛いと思ってしまう。
いや、確かにこの時代、肩まで切るといえば離縁か死別だそうだけど……。はぁ、感覚がやっぱ違うんだね。
「あちらの時代じゃ、髪の短い女性は沢山いて、肩下くらいじゃ短い内にも入らないんですよ」
「そ、そうか……ならいいが……。いや、やはりやめておけ。要らぬ誤解を招くだろう?」
「ああ、そうかもしれませんね。それじゃ、背中くらい。それくらいなら、千鶴ちゃんもそうでしょう?」
「わかった、それくらいなら……いいだろう」
なぜか、許可を貰う形で長さが決まりました。まだ渋々って感じだったけど。
刀も包丁も上手に扱ってるから大丈夫だろう、とお任せすることにした。
手拭いを肩に掛け、髪を下ろし、櫛で梳いて濡らしていく。斎藤さんは借りてきた鋏の切れ味を確かめている。
なんか……職人さんみたい。
「それじゃ、お願いしますね。バッサリいって結構ですから」
「いや……ああ、善処する」
女性の髪を切るのに躊躇いがあるのか、最初の一裁ちまで随分場所を決めかねていたが、切りだすと手際よかった。
パサリ、パサリ、と髪束が落ちる音と鋏の音だけで静かなものだ。美容院みたいに音楽が欲しいなぁ。
やがてショリショリと毛先を揃える音がして、満足な出来栄えになったのか、肩をポンと叩かれた。
「出来ましたか? 有難うございます、おかげで軽くなりました!」
「ああ、一応真っ直ぐには切れたはずだ。後で合わせ鏡で――――」
なんだろう、急に固まって。何か変なんだろうか? それなら髪が濡れている今の内に直してほしい。
「斎藤さん? どこか変ですか?」
「ッ! いや、よく似合っている。早く部屋に戻って髪を乾かして結った方がいい。
その……このままでは女子にしか見えん」
「あ、はい。後で片付けますから、そのままにして下さいね」
確かに濡れ髪では肩も冷えるしね。女子に見えるのは、女だから当たり前なんだけど、気にしてるみたいだし。
月宮が私室に入ったのを見届けて、ドッと力が抜けた。後ろ髪を切っている時には気付かなかったが――。
髪を下ろした姿に見とれてしまった。いつもは高く結った髪が肩に広がり背中に流れ。
白い肌に艶めいた下ろし髪、大きな瞳に愛らしい唇。思わず……口付けたくなった。
しっとりと濡れた唇に、突然湧いた劣情。自分でも驚くほど激しく、衝動的だった。
あまりに突然だった為、驚きの方が強く行動に移さずに済んだが……まいったな、俺も男、か。
どうでもいい商売女には奮い立たせないと起こらなかった情欲が、ただ一瞬見つめるだけで湧き上がった。
自制心の強いほうだと自負していたが、自分から好きになった女には……全く違うらしい。
変な気を起こさぬ内に退散した方が良さそうだ、と思ったが、戻ってきて居なければ礼を言いに探し歩くだろう。
斎藤は軽く溜息をつき、落ちた髪束を寄せ集めておいた。
涼しい風が吹き、秋の気配を楽しむと、ようやく動悸も落ち着いた。だが、脳裏にはまだ月宮の唇が浮かんでいた。
……総司と隊士の鍛錬を交代しよう。
非番の午後、まだ一緒に居られる時間があるで後ろ髪を引かれたが、余計な熱を冷ます必要があった。
月宮は鍛錬に行くと告げると少し残念そうだったが、切り揃えた髪には満足したようで、何度も礼を言われた。
沖田は交代を喜んだが、隊士達はいつもより荒っぽい斎藤の手合わせにヘトヘトになった。
弱冠二十一歳の斎藤は、まだ恋が心だけでするものではないと、分かっていなかった。
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