25 長閑

十一月の初旬、近藤さんより文が届いた。平助君の紹介で伊東さんという方が入隊なさるらしい。

わざわざ文に書くって事は偉い人なのかな?ちなみに、江戸では松本先生と言う高名なお医者様にも会ったらしい。

千鶴ちゃんは、この方を頼りに京までやってきたらしく、行き違いにがっかりしていた。

平助君からの文には、千鶴ちゃんの父親が戻った形跡はなかった事、蕎麦は江戸の方が美味しい事などが書かれていた。

「確かにこっちのお蕎麦は、出汁の香りは強いけど醤油の香りは薄いね。年越しの時、お出汁だけ自分達で作ろうか」

洗濯物を山から次々無造作に掴み、どんどん洗っていく。水も冷たくなってきたなぁ、ハァ。

「千恵ちゃん、それ……。あの、洗っちゃったからもう遅いけど……」

「ん? 何? ……やだ! 信じらんない、誰よこんなの出したの! どうしよう、洗った以上、絞って干さなきゃ」

千恵が手にしてゴシゴシ擦っていたのは、誰の物とも分からない下帯、つまり褌。はぁ〜〜最悪。

でも水に浸けた以上、最後までやらないと。諦め顔の私に千鶴ちゃんも眉を寄せ、気の毒そうに見てる。

一応こういう物だけは、体を拭くついでに自分で洗う決まりなので、今まで手にした事はなかった。

華やかな十代の乙女が褌を手洗いだなんて……うう、絶対突き止めておかず一品減らしてやるっ!

心に小さな復讐を誓い、もう半ば自棄になって絞った褌を広げていると……そう、こういうのって、

一番見て欲しくない人に見られるって相場決まってるのよね。……こちらに来る斎藤さんと目が合った。

「千鶴ちゃん、私今日、厄日かも。方違えしたい気分」

「千恵ちゃん……ご愁傷、様?」

千鶴ちゃんのちょっとピントのずれた返事を後ろに聞きつつ、下帯を干して斎藤さんに会釈した。

平常心、平常心。なかった事にすれば触れないはず。はず……なのに。ええ、たまに空気が読めないんです、この方。

「すまん、遅かったか! 褌を洗ったのは月宮か?」

「……はい」

いいえ、と言いたいけど干すのを見られている。現行犯で逮捕された気分だった。

「悪かった。後で洗おうと他の洗濯物と置いておいたら、集められてしまった。……不快な気分にさせたな。

 昼餉の当番はではなかったな? なら詫びに、昼と甘味を奢ろう。終わったら門に来てくれ」

スタスタと去って行く斎藤さんの耳はちょっと赤くて、斎藤さんも恥ずかしかったんだな、と分かった。

でもよかった、他の人のじゃなくて。斎藤さんのならまだ……ねぇ?

「方違えしなくっていい。嘘みたい! どうしよう、斎藤さんとデートだよ!? デート!!」

「でぇと??」

「うん、好きな人とお出掛けって事! 夢みたい!」

「フフフ、楽しんで来てね、でぇと!」



急いで残りを洗って干し、袖の皺を伸ばして門に急いだ。斎藤さんから誘って貰えたのは、最初の外出以来だった。

「お待たせしました。本当に奢って貰っていいんですか?」

「女に払わせること自体、まずないだろう? 昼まで少し時間がある。どこか行きたい所はあるか?」

「わぁ、嬉しいです! それじゃあ、長円寺の観音様にお参りしていいですか?」

「札所か、巡礼に興味があるのか?」

「いえ、今年は大火で焼け出された方が多いので、せめて疫病が流行らないようお願いしたいんです」

禁門の変以降、町の復興は中々進んでいない。財力のある人はいいが、普通の人はこの冬大変だろう。

体力が落ちれば病気にも罹りやすい。手を合わせるぐらいしか出来ないのは不甲斐ないが、気は心だ。

今日はゆったりと歩く斎藤さんに、最初の外出を思い出しクスリと笑った。早足ですぐ見えなくなったんだよね。

その帰り、袖を掴んで歩いたんだっけ。あれからもう半年以上経つなんて。それに今は……。

千恵は斎藤の横顔をチラリと眺め、頬を染めた。好きな人に、なったんだよね。

今は花見客もいない。理由も無い。それでも少しだけ……触れたかった。

千恵はそっと斎藤の右袖を摘むと、俯いて歩いた。変に思われるかな? 心臓がトクトクと速まった。

斎藤は、何も言わず寺まで歩いた。千恵はその沈黙が有難かった。よかった、何も言われなかった。

同じく斎藤の心臓も速まっていたことなど、千恵には知る由も無かった。


昼におうどんを頂いて店を出ると、冷たい風が襟足を撫で、思わず首をすくめた。

その仕草を見た斎藤さんが、自分の襟巻きを外し、フワリと私に掛けてくれた。

「羽織を着てくればよかったな。帰るまでこれで我慢してくれ」

「あの……有難うございます」

プシュウと頭から湯気が出そうだ。斎藤さんの肌で温められた襟巻きはほんのり暖かく、

鼻腔をくすぐるのは……これ、斎藤さんの香りだ。

寒いどころか、耳まで熱い。嬉しくてなんだかフワフワしてしまう。足、地面に着いてるかな?

やがて入った甘味処では、甘い物が大好きな島田さんのお薦めで、「亀山」をいただいた。

これは炊いた小豆を餅にかけた物で、「京で小倉(小豆餡)山に近いのは亀山(地名)」だから亀山。

島田さんの受け売りだというその話にクスクス笑い合いながら、庶民的で親しみやすい甘みを堪能した。

「今日はご馳走様でした。非番に付き合ってくれてありがとうございます」

「いや、俺の不注意で嫌な思いをさせて悪かった。楽しめたか?」

「はい、とっても! 朝の事は忘れて下さい。もう言いっこなしにしましょう? 恥ずかしいです」

「クク、そうだな、そうさせて貰おう。月宮……袖を。いや、よかったら、だが」

「……はい」

目線を外したままそう告げた斎藤さんの首はほんのり赤くて。顔は見えなかったけれど、嬉しかった。

なんだか、期待してしまう自分が怖い。もしかして……なんて思ったり。

千恵はこの幸せな一瞬一瞬を心に刻み込み、屯所までの道のりを名残を惜しむようにゆっくりと歩いた。

斎藤もそれを急かすでもなく歩調を合わせて、この半日は大事な思い出として忘れずにいようと心に誓った。






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