158 渇愛 (※15歳以下の方は飛ばして下さい)

胸元で嗚咽する私に、はじめさんの囁き声が落とされた。

愛の言葉は静寂の中でくっきりと耳に残り、確かなものとして心に届いた。

涙は引き潮のように穏やかに消えてゆき、残り僅かなこのひと時を一秒も無駄にしたくなくて彼に体を預けた。

夜が明ければ出陣の準備に忙しくなるだろう。

私たちはもうずっと、ほんの数言交わすだけの短いひと時を作るのがやっとだった。

それでもどこかでじっと帰りを待つ事に比べれば、贅沢過ぎるほど幸せな日々だったのだけれど。

こうして唇から荒い息が漏れるほど互いの想いを伝え合い、鼓動の昂ぶりを布越しに感じれば。

抑えのきかない熱情が背中を駆け抜け、口づけの合間に甘い声がこぼれそうになる。

一度唇を離し、呼吸を整えた私たちの瞳には熱に浮かされたような情欲が揺らめいていた。

どちらからともなく、より人目につかぬ納屋の裏側へと視線を移動させる。

腰に回されたはじめさんの手がしっかりと私を捕まえ、そちらへ促した。




唇を重ねたまま、夜着の袷から指先を滑り込ませる。千恵の柔らかな肌に触れ、熱の塊が湧き上がる。

恥じらいながらも決して自分を拒まぬその膨らみは、手のひらの中で緩やかに形を変えた。

天辺が待ちかねたように硬さを帯び、指先に彼女の反応を教えてくれる。甘い震えが走った。

堪らず俺は膝頭で夜着の重なった布を肌蹴させ、もう一方の手を気の急くまま奥へ忍び込ませた。

外気で冷えた太ももと対照的に内側は温かく、冷たい手で触れるのがためらわれるほどだった。

だが、そんな遠慮は要らないとでも言うように、口腔で絡み合っていた千恵の舌が激しく応えた。

吐き出す場所もなく積もっていた欲望が腰に集まり、自分でも意外なほど性急に秘めやかな場所へ手が進んだ。

その柔らかさと熱さに目眩するほど快感を覚える。硬くみなぎった己の熱を、強く意識した。

小刻みに指を使い分けいれば。容易くほころんだ花は、艶かしく雫を滲ませた。

「もう待てん」

あまり可愛がる余裕もないまま、もどかしく下の釦を外し腰を押し付けた。

小さく頷く千恵の片足を持ち上げ、軽く屈んだ後腰を抱いてゆっくりと膝を伸ばせば。

己を熱く包み込むその場所の心地よさに、後はひたすら欲を打ち付けた。




「もし……何かあれば隠さず教えて欲しい」

軽く身繕いした千恵を抱きしめ、熱の放ちを詫びながらも――少し期待している自分がいた。

男の身勝手と言われればそれまでかもしれないが。けっして、形見を残したいというつもりではなかった。

ただ、確かな未来が二人にはあり、永劫の別れにする気はないという事を示したかったのだ。

子宝を授かりたいという願いは、祝言の日からずっと胸の内にあった。


だが千恵はその言葉を違う意味で受け取っていた。変若水の影響を隠していないか、尋ねられたのだと思った。

久しぶりに肌を合わせたせいだろう、ずっと感じていた距離の遠さが消えていた。

呼吸をするのがこんなにも楽に感じられるのはいつぶりだろう。

心の強張りが溶けてゆく。今ならなんでも話せる気がした。

「昼間、眠気はないかって聞かれた時……一瞬どう答えていいか分からなかった。

 倒れた時に感じたような苦しさはあれ以降ないけど、体のだるさは取れなくて、いつどうなるかずっと不安で。

 ……不安で怖くて。突然発作のように症状が出たらどうしようってそればかり考えてた。でも――」


打ち明けられた言葉に、斎藤は心の内では動揺していた。

だが千恵は少し語気を強め、しっかりとした眼差しで彼を正面から見た。自然と背筋が伸びた。

「でも、明日が不安なのは皆同じなんですよね。今日、今出来る精一杯の事をしなかったら、この先ずっと後悔する。

 もう、怯えるのはやめます。何かあれば隠さず言います。自分の体から逃げるなんて出来ないもの。

 はじめさんにも後悔して欲しくないから…………戦って下さい。行って下さい」

「っ! 千恵……」


ドクンと斎藤の心臓が波打った。瞳に射抜かれ、その奥に根付いた強さを凝視した。

強がりも少しはあるだろう。だが声に込められた決意は本物だった。

――後ろ髪を引かれていたのは、俺の方かもしれないな。

残していく後ろめたさと離れがたさを、気遣いという形にすり替えていやしなかっただろうか。

己の弱さと強さを確認されているような気がした。

斎藤は息を大きく吸い込み、ゆっくりと吐き出しながら心を静にした。


「新選組が京において新選組たりえたのも、会津という後ろ盾あらばこそ。

 俺が俺でいられたのも、新選組という場所で志を持つ者達と共にいられたからだ。

 恩を返すまでここを離れるわけにはゆかん。……誠の旗のある場所が俺の居場所だ」

改めて口に出す事で、今まで築いてきた心志と向き合った。千恵がそれを後押しするように頷く。

「井上さんや他の隊士さん達の想いも、きっと全部あの旗に染み込んでいるんだと思います。

 だから……最後まで誇りを持って掲げて下さい。土方さんと千鶴ちゃんと、待ってますから」



斎藤は千恵の肩を抱き、その体を腕の中へ納めた。髪に唇を寄せ、置いてゆく不安を押しとどめる。

体調は気掛かりだが、今の千恵を他所へ送り出すのは難しい。

心配しながら何もしてやれない自分が不甲斐なかった。

「くれぐれも無理はするな」

そんな言葉はなんの足しにもなりはしない。だが、千恵はコクリと頷き、笑顔で返した。

「待ってます」



はじめさんはもう一度、荒々しいほどの勢いで私の唇を貪った。

抱きしめる腕もキスも、これが最後ではないと信じていたから。

私は目を閉じて彼の首に腕を回し、小さな体ではじめさんを包み込んだ。






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