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「雨が止みませんね、皆大事ないといいのですが……」
「同じように、お店の方々も貴女の無事を案じてらっしゃるでしょうね。それにしても……クスクス、無茶をなさったものです」
「ええ、馬鹿げた事をしました。けれど、そのお陰であなたに会えました」
「宴席ではないのですから、嬉しがらせを言わなくてもいいのですよ? 私は雨と貴女の気まぐれに感謝していますが」
「嬉しがらせだなんて、意地の悪い人。今日だけは肩書きを下ろした、ただの女です。……雨が止むまでは」
夕餉の後、一本だけお銚子を貰い人払いした。杯に満たされる酒がいつもより美味しく感じた。
時折、木戸からの隙間風が行灯の火を揺らす。その柔らかい光が、夕凪の白い肌に色を足す。
山南はまるで読んでいた御伽草子の世界に迷い込んだように、彼女の面差しを見つめた。
寂しげに下がった眉を宥めたかった。頼りなげな肩を抱きしめてあげたい、と思った。
同時に、日頃は誰にも見せない表情を自分だけに見せてくれているのだと感じ、それが嬉しかった。
一見さんが宴席に呼べるような女性ではない。本来なら口を聞くことなどなかったはずだ。
けれど、今は。
「ならば、今だけは私も総長の肩書きを下ろし、ただの男に戻りましょう。そうすると少々厄介な事になりますが」
自分の口をついて出た言葉が信じられなかった。
留守を預かる新選組の総長。その役割を片時でも忘れようとするなんて、どうかしている。
なのに抗えないほど強い何かが押し上げてくる。
この手で……彼女に触れたい。抱き締めたい。
「厄介な事?」
「ええ、厄介です。ただの男に戻った私は……貴女を求めてしまう」
ハッと顔を上げ、夕凪がその瞳を覗きこむと。堪えるようにくすぶる炎が、山南の眼差しに宿っていた。
知らず頬が熱くなる。胸に熱いものが灯る。
……ただの女とただの男なら。
「私も……厄介な事になりそうです」
山南の腕が夕凪の肩に伸び、その身を抱き寄せた。
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