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夕飯の支度で台所に立つ菊乃の背を眺めながら、俺は心に渦巻く得体の知れねえ不快感を押さえ込もうと努力を続けていた。つけっ放しのテレビは夕方のニュースを伝えちゃいるがそれらは一切耳に入らず、立て続けに火を点けた煙草の吸殻がリビングのテーブルの灰皿に溜まっていく。
くそっ、なんで俺がこんな思いをしなきゃならねえんだ。
妻は若く美しく魅力的な女だ。俺より十も年下で惚れ抜いて妻にした女。色白の細面に、切れ長の瞳が寄越す揺れた様な眼差しは、それだけで雄を刺激する。ふっくらとしていつも濡れた様な唇。元々の妖艶な顔立ちには年齢にそぐわない男を誘うような色気がある。
菊乃と言う女は見かけと対照的に、性格は至って控えめで清楚だ。夜のベッドの中でもそのあたりは変わらずに、俺に従順であり要求には絶対に逆らわねえ。俺にいいようにされながら熟れた女の匂いを発散させて切なげに寄せられる眉、隣室の親達を気遣い声を耐えて自身の指を食む唇、それを見るだけでも俺は十分に満足していた。
あの日、式を挙げるまでは、だがな。
俺は指に挟んでいた長いままの吸い差しを、乱暴に灰皿に押し付けた。

「菊乃、」

「…あ、吃驚した、歳三さん?いつの間に、…あ、ん、」

いきなり腰に回された俺の腕に、心底驚いたような顔で振り向く菊乃の唇に食らいつく。
俺は別に足音を忍ばせてきたわけじゃねえぞ。夫が近づいたことにも気づかねえ程、一体何を考え事なんぞしていやがった?
背中から抱き締めて耳朶を噛みながら「火を消せ」と言えば、菊乃は言われるままに手を伸ばしガスコンロのつまみを回した。耳殻を舐め耳穴に舌を突っ込めば、唇からはもう甘い息が零れ始める。
後ろからエプロンの脇に手を入れて、下に着ている薄手の服を捲り上げ、ブラジャーも一遍にずりあげて豊かな胸を掴めば、すぐに硬くなる頂の突起を指で乱暴に弄ってやる。菊乃の身体は愛撫に応え、すぐに切なげに身を震わせた。熱い溜息を漏らし上半身で振り向いて、縋るように俺の首に細い腕を回す。
執拗に耳穴を責め、スカートを捲り上げて下着に手を突っ込めば、想像通りもうたっぷり濡らしていた。

「駄目、…ここじゃ、」

「駄目じゃねえだろう、こんなにしやがって。上の口と下の口で言ってる事が違うんだよ、お前は」

菊乃のそういうところも俺の劣情を煽り立てる。中に指を突き入れてぐちゃぐちゃにかき混ぜてやれば、縋り付く腕に力が篭った。
新居の為に買った分譲マンションの竣工が遅れてまだ入居出来ない所為で、俺達の引っ越しが可能になるまでは実家であるこの家に同居することになっている。だが父親夫婦は現在旅行中で今夜は帰らない。このままキッチンでやっちまうのも悪くない。硬くなったものを太腿に擦りつけながら、中の指を増やして菊乃の好きなところを擦ってやる。

「…あ、ああ、…ん、だめ…もう、ああ…、」

菊乃がいつになく、一際悩ましい喘ぎ声を上げた。
瞬間、俺の手が止まる。菊乃を弄りながらひと時忘れかけていた、あの醒めた声が耳に甦ってきたからだ。
寸止めされた菊乃が切ない涙声を出した。

「は…、ぁ、歳三…さ…ん…?」

「お前、どんだけ男を知ってるんだ?」

「……え?」

「…咥えろよ、菊乃」

気のせいか翳ったように見えた菊乃の顔から目を逸らし、俺がベルトに手を掛ければ細い指が心得たように引き取って、かちゃかちゃと音を鳴らしながら外した。
取り出した屹立の尖端から滲み出し零れていく男の欲を、菊乃の赤い舌がちろちろと舐め取る。手を伸ばして絹のような黒髪に手を差し込み小さな頭を掴めば、垂れ落ちていく分まで惜しいのか裏筋を舐め下ろしていく。ぬめる茎を片手でゆっくりと扱きながら、陰嚢をやわやわと揉み一個ずつ口に含まれればたまったもんじゃねえ。俺の口からも流石に声が出る。

「…っ…う、待て」

どうすれば俺が悦ぶのかを熟知している菊乃は、この時ばかりは娼婦のように翻弄する。少し困ったような、その癖恍惚としたような表情で俺を見上げ、亀頭に口づけてからエラの張った雁首までを口に含んだ。菊乃の温かい咥内で彼女の舌が蠢き、急激な吐精感が襲ってくる。美味そうに咥えやがって。

「ん…、ふ」

「おい…、ちっと加減しろ、」

こういう時のこいつは本当に淫売みてえだ。俺はこいつを自分のものにして以来、不満を持ったことなんざ一度もない。だが今日ばかりは菊乃の艶めかしさに軽く苛立つ。
挙式の日の控室に現れた斎藤の貌が浮かぶ。あいつのありゃ、いったい何だったんだ?
あの時のあいつの眼は恐ろしい程暗い色をしていた。闇に融ける寸前みてえな藍色に背筋がぞくりとした。
斎藤とは互いの親が再婚したと言う理由だけで義理の兄弟になった。付き合いが深いわけでもない複雑な間柄だ。互いに兄だ弟だと呼び合ってるわけでもねえ。義兄弟になって七年になるが、そもそもその間ろくに顔も合わせちゃいねえ。あいつがこの家に寄り付かねえからだ。
一度だけ俺が酔い潰れてあいつの世話になったことがあったな。
あの時は心底心配そうに覗き込まれて、酔いの回った頭で見返したあいつの事を、なかなか可愛い奴だと思ったもんだ。
初対面の時から生真面目で折り目正しかった斎藤を、俺は決して嫌いじゃあなかった。十も歳が離れているが奴は大人びて見えたし、どこか無理をしているようにも見えて、何か困ったことがありゃいつでも、”兄貴”として力になってやりてえとまで思ってたんだ。
だがあの科白はなんだ?
単なるブラックジョークか何かか?
俺の知る限り、斎藤はあんな場で悪趣味な冗談を言うような男には見えなかった。あの日のあいつには、上手く言えねえがどこか悪意を感じた。もっと解せねえのは、あの後すぐにあいつが姿を消したことだ。祝儀だけはきっちり置いて行ったようだが、俺と菊乃が結婚の誓いを立てたチャペルにも、その後の披露宴の席にも、斎藤の姿は見えなかった。

”義姉さん”はベッドの上では本当にいい声で啼く

まさか。
まさかとは思うが、斎藤は菊乃とやったんじゃねえか?
不意に脳裏に浮かんだその考えは荒唐無稽に思えてその実、そう結論付けるのが一番妥当なようにも思えた。
そうだとすれば、あの科白にも納得がいくってもんだ。
だが、何処で、いつ。
挙式前の顔合わせには斎藤は来なかった。俺はまだ妻と義弟を引き合わせちゃいねえんだ。
俺の下腹部で頭を動かす菊乃に、この疑問を直接ぶつけてやりてえ衝動が突き上げてくるが、口に出すのはやはり憚られた。

「もう、いい。口、離せ」

菊乃を抱き起し向こうを向かせて、尻から小さな下着を剥ぎ取る。菊乃の足に纏わるそいつを、己の足を使って下ろしながら、唾液でべたべたに濡れ光る熱塊を一息に突き入れる。物欲しげに蜜を垂らす入り口はぐしょぐしょに熟れ、何の抵抗もなく受け入れる。俺を咥えてさっきよりもっと濡らしたようだ。
本当に淫乱な女だな、お前は。

「は、ぁ…、ああ、ああああっ!」

僅かに優越感を感じた刹那俺の耳を打つのは、切なくなまめかしい菊乃の声と、そしてそれに被せるように甦るあいつの声だ。あの科白が頭から離れてくれねえ。

”義姉さん”はベッドの上では本当にいい声で啼く

再び脳を犯し始める苛立ち。斎藤の声が呪縛のように俺の身体を雁字搦めにしやがる。後ろから俺を深く咥えて離さずに、悲鳴のような声で喘ぐ菊乃に翻弄されながらも、襲い来る雑念から逃れる為に俺は、無茶苦茶に腰を使い何度も突き上げた。

「菊乃、俺が、好きか?」

「好き…、は…、ん…、好き、です」

「本当に俺だけか?」

「……歳三さん、だけ、…あ、あああっ」

それでもどこかで治まらない胸騒ぎが、俺を苛む。力を入れ過ぎて流しの縁に掛けた手を白くした菊乃の、細い腰を掴み艶やかな丸い尻を引き寄せて更に突き出させ、飯の場に全く似合わねえ厭らしい水音と肉のぶつかる音を立てながら、壊れる程に激しい挿送を繰り返す。
何食わぬ顔で俺から与えられる快楽で身を悶えさせるこいつが。
これまで考えたこともなかったが、この女がモテねえ筈なんかあるわけがねえんだ。
今までに感じたことのない焦燥感に囚われる。

「お前は俺だけのもんだ」

「あ、は…あ…っ」

「他の男なんざ咥え込みやがったら、許さねえ」

「あ、ああ…っ、とし…ぞ…さ、ああ、ああああっ!」

さっき達きそうなところでお預けを食らわされた菊乃の媚肉が、離すまいとばかりに俺をきつく締め上げた。嫌々をするように首を振り立て身体をがくがくと震わせ、俺の名を叫びながら菊乃が極みに達した。俺も同時に白濁を奥深く迸らせながら、汗を滲ませた滑らかな背中に脱力した。
その時の俺の頭の中を占めていたのは唯一つだ。
闇に近い濃い藍色の瞳に、薄笑いを浮かべた義弟、斎藤一。あいつの事だけだった。



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