5 

スマフォから聞こえる低い声は極限まで抑揚を抑えているようだった。

「大した用はねえんだが、どうしてるかと思ってな」

だが土方さんはあの日の事には触れない。それも想定通りだ。彼はそう易々と弱みを見せるような男には最初から見えていなかった。久しぶりに共に酒でもどうかと水を向ける。

「俺もたまにはお前と呑みてえと思ってた。積もる話もあるしな」

「では金曜の七時頃、駅で落ち合うのはどうです」

「それで構わねえ」

あのままで終わる筈はないと思っていた。
思ったよりも早くにかかってきた電話で、申し出を一も二もなく了承した土方さんとの約束を取り付け、俺はまた頬に笑みを上らせた。後二日。
通話の切れたスマフォをテーブルに置いてそれを見つめる。柄にもなく心が躍る心地がする。俺は金曜を心待ちにした。
その日定時に仕事を終え退社後、自宅マンションには戻らず反対方向の電車の車両に乗る。
夏が近いこの季節、車内は殊更に蒸し暑い。仕事の往き帰りで常には自宅に戻るまで外さないネクタイを外し、鞄の外ポケットに入れついでに上着も脱いだ。
駅舎を出て指定した場所に視線を走らせ、土方さんの姿がないのを確かめる。居なくて当たり前なのだ。まだ時間までには一時間近くも余裕がある。俺の足は真っ直ぐにあの家を目指した。
随分と陽が伸びたとは思うが、六時を過ぎれば流石に辺りには夕暮れの気配が近づく。郷愁を誘うような夕方の匂い、それらがいつになく胸を締め付けてくる。
母は再婚するまでは普通の母親だった。俺が学校から帰宅する頃には家に居て、外遊びから戻れば玄関先まで夕食の支度をする音や匂いが漂ってきたものだ。
今日もよく晴れた一日だった。傾きかけた陽はまだその力を完全に失ってはいない。
腰までの高さの古びた鉄製の門の前に一頻り佇み、若い頃には忌み嫌った目の前のこの家が、西日に照らされる様を見つめる。前時代的なデザインの玄関ドアも同様に古ぼけている。
ポケットに手を入れ長いこと使った事もなかった鍵を取り出す。
後もう少しだ。
鍵穴に差し込めば、いとも容易く錠の外れる音がした。
足音を立てずに短い廊下を進み、突き当りのリビングのドアノブをゆっくりと回す。ドアの先に居た菊乃が嬉しげに此方へ顔を向けた。

「歳三さん?呑みに行くんじゃなか…、」

次の瞬間その表情は凍り付く。
あんたからその名で呼びかけられるのは二度目だな。
己では制御しようもない程の、耐えがたい不快感が込み上げる。眼を見開き頬を引き攣らせた菊乃に大股で近づき、手首を掴み引き寄せて片手で身体を抱きながら、リビングのソファへと引き摺って行き、座面に彼女の身体を投げるように乱暴に沈めた。

「あんたは母と変わらん。穢れた女だ」

「は、はじめ、やめて…、嫌、」

「嫌ではないだろう?」

恐怖に歪む菊乃を見つめ、顔を近づければ叛けようとする顎を掴みその唇に噛みつく。
抵抗を封じる為に両手首を頭上に拘束し、空いた片手で菊乃の下半身を覆っていたジーンズごと下着を引き摺りおろした。

「嫌、やめて、お願い、はじ…め、」

「嘘を吐くな。あんたはこうされるのが好きな筈だ」

「や、…あ、いや、ぁ…っ」

抗う両足を開かせ強く押さえつければ、半身を起こし激しく身を捩る菊乃を薄く笑って見返す。彼女の瞳は一瞬恐怖に塗り潰されたかに見えた。しかし蜜に塗れた溝に無理矢理舌を這わせれば、呆れた事にまた新しい蜜を零し始める。俺は知らない訳ではないのだ。どうすればこの女の身体が悦ぶのかを。啜ってやれば唇から零れる溜息は艶を含んだ。既に勃ち上がっていた秘芯を指で弾く。思った通りだ。

「…あっ!」

脇に放ってあった上着のポケットのスマフォが、不意に着信を知らせた。いつの間にか約束の七時を過ぎていたようだ。
誰からかかってきたものかなど確認しなくとも解る。俺はそれを黙殺し女を悦ばせる行為に没頭していく。熱い吐息を吹きかけながら菊乃に教えてやる。

「すぐに”義兄さん”が帰ってくる」

「あ…っ、あの人は…今日、遅…、」

穢れた女。
あんたの身体は明らかに俺に応えているではないか。
夫を裏切ってまで、それ程までにこうされて嬉しいのか。
菊乃には不本意な事だろうが土方さんは間もなく此処へ帰ってくるだろう。俺にとっては都合の良いことに、今日の約束が”義弟”とのものである事を、彼は妻に伝えていなかったようだ。
俺は何故ここまで菊乃に執着するのか。だが理由などどうでもいい。もっとあんたを啼かせてやろう。欲しいだけ与えてやろう。
己をコントロールすることはもう出来ない。止まらない情動が突き上げて来る。如何にしても止めることなど出来はしない。
一度身体を離してまだ弱い抵抗を見せる肩を右手で押え、菊乃のシャツの合わせ目を利き手で引き千切った。冷たく硬いフローリングの床に、弾け飛んだボタンが硬質な音を立て転がる。

「嫌、やめて、嫌…っ、」

俺にはあんたの「嫌」が「もっと欲しい」としか聞こえぬ。
手早くジッパーを下ろして前を開け、硬く熱り立ち反り返る己を引き摺り出せば、刹那我に返ったかのように菊乃の貌がまた恐怖に歪んだ。
だが濡れた秘園はそうは言っていない。あんたの身体はあの夜の事を忘れられずに居るのだ。待ち望むかのようにひくひくと痙攣する其処を割り開いて捻じ込み、女の内側を心行くまで蹂躙してやる。

「い…や…っ!嫌、ああ…、」

俺の下で涙を流す女の顔などもう見ていない。あんたの「嫌」など全く信じられぬ。
俺もあんたの善いところを忘れてはいない。背徳感に怯えながらも、いや、寧ろそのせいでなのか?菊乃が抗い切れぬ愉悦に身を震わせた。
快楽の声を抑えているのは、口元に当てられた小指を噛んでいるのを見ればよく解る。
それ程に好きか。
それ程に好きならば、望み通り何度でも達かせてやろう。
思う様奥深くまで抉ってやる。腰を止めずに律動を速めながら、時折腰を大きく回し隅々まで味わい尽くす。首を左右に激しく振って髪を振り乱し、菊乃は確かに俺を感じている。その身は快楽の地獄へと堕ちていく。繋がった場所はどちらの物とももはや解らない程に混ざり合い、粘性の液に塗れ引っ切り無しに卑猥な音を立て続ける。
少し身体を離して上から見下ろせば、服を引き千切られ下着まで乱された姿は、白いドレスなんかよりも淫乱なあんたに実によく似合う。いい姿だ。秘芯を摘まんでやれば一際高い声を上げた。
間もなくあんたの夫が此処に到着するだろう。あんたの此処がしっかりと俺を受け入れて美味そうにしゃぶり、歓びに悶え身を震わす淫猥な姿を存分に見せつけてやるといい。

「土方さんはどうやってあんたを喜ばせる?」

「…とし…ぞ、さん…」

「あの人の方が俺よりいいか?」

「たす、けて、歳三、さん…っ!」

「だが、今からあんたを達かせるのは、俺だ」

土方さんの名を口にしながらも、頬を紅潮させ喘ぎ声を上げて悶え善がる菊乃。
俺の背筋を這い上ってくる震えるほどの憎しみ。
長いこと続いて来たこの猿芝居は何時になれば終わるのか。
先程まで喧しく呼び出し音を聞かせたスマフォが、気づけば鳴りを潜めていた。
やがて俺の耳に届く。
リビングの薄い扉の外で玄関ドアをガチャガチャと開錠する音、続いてドアを乱暴に開閉する音。
随分遅かったのだな、土方さん。
あんたも呑気な人だ。
ドアの向こうに足音が近づく。
後もう少しだ。
全てが終わるまで、あと少し。跡形もなく全て、壊れればいい。
俺は俺の周りの全てを憎悪した。
母も、母を女にした”義父”も、母に似た菊乃も、菊乃を妻にした”義兄”も。
そして子供じみた己を、何よりも憎んだ。
俺の憎んだ全てが、今こそ完全に壊れる。
俺は腰の動きを更に速めて、高まり始めた菊乃を一息に頂点へと連れて行く。

「あ、ああ…、はじ…、はじ、め……っ、もう…、ああっ、はじめっ!ああああっ!」

背後でドアが大きく開いた音と、菊乃が俺の身体の下で絶頂の声を上げたのとでは、どちらが早かっただろう。土方さんのひび割れた声が遠くに聞こえた。

「斎藤、お前…、」

俺の下で菊乃が涙を流し続ける。
俺は振り向かなかった。目が霞む。頬に手を当てれば濡れていた。
俺は一体何処へ辿り着きたかったのだろう。
俺は、菊乃。
俺は。
俺は心の底からあんたに焦がれ、あんたを求めた。

どうしても、あんたが欲しかった。

俺の望みはただ、それだけだった。

菊乃。





end
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