これとかそれとかのあとの話



さり、さり、と音がする。
彼の艶やかで触り心地のいい毛皮を撫でていると、時折スイッチが入ったかのような彼に、桃色の舌でお礼をされるのだ。
人間のようにやわらかくも滑らかでもない、ざりざりしたやすりのようなそれでやわらかい腕の内側だとか頬や首筋なんかを舐められると、少しの間はこそばゆいというかなんというか、嬉しくもあるのだけれど。こうもながなが一点に集中されると、そこだけ皮膚が薄皮一枚こそげとられるような気分になる。

「痛いです」

言って、手をのける。
あぜんとした、とあらわすのが一番近いだろうか。
それから非難する目でじろじろ見あげられて、ごくりと生唾を飲んだ。
にらまれる。
膝の上に丸まった真っ黒い毛玉、ずっしりした重さのそれの真ん中、金色の目がまあるく光ってはっしとにらむ。
外せない目線を臥せて、そっともとあった場所に手を戻した。
ふかりと毛皮に肌が埋まる。長い尾がぱしぱし膝を叩く。
腹を何度か舐めて、さて、とばかりにこちらを見上げる。
丸い目に、また目線を絡め取られていると、ゆっくりと目をつむった。
おや、眠いのかなと思って、添えるだけだった左手でそっと額を撫でると、またゆったり目があく。
起こしてしまいましたか、と聞くと、耳がはたりとゆれて目が丸くあいているのでそうではないようだ。
そして。
またしても満足気に目を細めた彼に、右手親指の付け根を丁寧に丁寧に毛繕われて、その日の風呂はわりと沁みた。

それから「猫の気持ちがわかる」なるページを見ていたら、相手を意識してするゆっくりしたまばたきは猫にとってはキスと同じと書かれていて、バーナビーは一人でじたばた悶えすぎてリクライニングチェアからおちそうになった。
窓際で長々と伸びて日向ぼっこをしていた虎徹は、うとうとしかけたところにどたんばたんと音がするのに非難めいた目をひと投げして、顎をピンクのウサギの腹に埋めた。



*******



ふかふかの毛皮にくるまれて目を覚ます。
虎徹さんはいつも必ず枕元、僕の左横にふかりと丸くなっている。暖かで柔らかな、太陽のにおい。それに鼻先を埋めて、うっとり眠たい意識を引き上げて行くのはたまらなく贅沢で幸せだ。

「……おはようございます、こてつさん」

我ながらとろんとした声でそっとこぼした挨拶に、腹に近い耳に響く満足げな地鳴り。
ちいさくまるい頭に重たい腕を伸ばして、眉間を掻いてやると、地鳴りがより一層おおきくなってから、たまらないとでもいったようにうにゃーあぁ、と細く鳴き声がして、長い尾がくるんと首に巻きついてしゅるりとほどけてくすぐったい。
くつくつわらうと、軽々起き上がった彼が湿った鼻先をひたりと頬に当てて、ぺろんとひとなめ。
くすぐったい、あまったるいだけの彼との触れ合いに気持ちよくまどろんでいたら、冷たい肉球がのしりと口元を潰してからひょいと床に飛び降りた気配に、腕だけ落としてつやつやの背を撫で下ろす。
そのままことんと夢に落ちる。
まどろんでいる僕を、虎徹さんが撫でる。黒々とした毛皮につつまれた彼ではなく、細身でしなやかな、人間の姿の彼が、大きな手で僕を撫でる。まるで僕が、獣の虎徹さんを撫でるみたいに。
そして近づく気配に、ああキスが降ってくるのだなと唇を持ち上げた。

と。

「痛っ!」

がぶり、と鋭い牙が唇と頬の境目を襲った。
にゃあ!と強い声が降る。
その声にずるりと端末を引き寄せて開ける。ああ、時間だ。もう起きなければ。
起こしてくれた彼に礼を言うと、とんとおりてドアを開けて、にゃあにゃあ呼ばれる。
眠気にだるい身体を起こして彼の食事の支度をして、身支度を整えなければ。

僕がベッドを降りると、長い尾が満足げな軌跡を描いてドアの向こうにゆらりと消えた。





日常





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