変身のあとの話



リクライニングチェアの横に、大きなクッションを置いた。
真っ黒な毛皮を纏うようになってしまった先輩がリクライニングチェアを使ってしまうと、残念ながら僕は立っているか、床に座るかしかない。
もともと床でごろごろするのが習い症だった彼にあわせて厚みのあるラグは敷いていたが、それでもさすがになんというか、先輩と違って、室内でも靴を脱がない習慣で暮らす僕には違和感がある。
そんな折り、ちょうどいい家具を探して撮影の合間にカタログをながめていたら炎を操る彼がが教えてくれた、ビーズか何かがつまって大きなクッション。座るとその形で柔らかくホールドして、一人用のソファがわりにもなるという触れ込みのそれ。確かに店頭で見たら良さそうで、大きなほうを買って届けてもらったら実際少し大きすぎたが座り心地はなかなかだ。

そう、彼、いや彼女や他のヒーロー達は不意にいなくなった虎徹にそれはそれは気をかけて、心を砕いて探してくれようとしていた。昔馴染みだというバイソンは、一晩行方が知れなくなってからすぐ、心当たりをかたはしから歩いていたらしい。
けれど、今彼が僕の家にいて、それはどうしようもない事情があって、今皆に会うことは難しいしなにより本人が望んでいないことを伝えると、ひとしきり文句を言ったあと、各々伝言をよこして手打ちにしてやると笑われる。詳しく事情はなにも言わなかった僕を責めることはないまま。
彼にそれを伝えると、気まずそうに耳を垂れて、それでも満足気な声でひとつ、相槌をよこした。

そんな彼が、今いるのは何故だかラグの上、新しく買ったクッションに座る僕の足に上半身を斜めに載せて、満足気に喉を鳴らしている。
「ねえ先輩、ここ座るんならどきますから言って下さい」
言うと、片目を開けて低く鳴く。やだー、と言ってでもいそうなトーンに、ため息。
「それかあっち使って下さいよ、」
読みかけの新聞でリクライニングチェアを指すと、ふい、とそっぽをむいた。
「なんなんですか、もう……」
部屋着やラグはどんなにマメにはたいても黒い毛がついているので、諦めた。
もともと外出着と部屋着は分けていたから、玄関でブラシをかけるまでもないけれど、それでも出迎えてくれる彼の気配はときどき袖口やなんかにわずか、残る。出先でそれを見つけると、なんだかひどく幸せにおもって指先でそっとつまんで風にのせてみたりもしている。彼の痕跡は、何故かいつも優しく心をなめしてくれる。

それにしてもくつろいでいるにしては無理のありすぎる姿勢。
座るぼくに無理やり体を載せているせいで、無理に反らせたスフィンクスみたいなポジションでも、おっとりと目をつむっているのがなんだか健気で不憫。
ふ、と、思いついて首筋を叩いて促す。
嫌々、渋々といった風情でどいた彼に、なぜだかこちらが謝りながらクッションを寄せる。もともとあったリクライニングチェアの肘掛をはねあげて、横にぴったりつくように並べ替えてから平らに慣らしたクッションの上、ラグの上に放ってあったウサギのぬいぐるみを添えてできあがり。
「どうぞ」
クッションをかるくはたいて促すと、僕は床に放りっぱなしだった新聞をもって、元々の僕のお気に入りに身体を預ける。と、ぽそぽそと音を立ててクッションにのって、座るぼくの腹に乗り上げて伸び上がって顎を一舐め、よろしいとばかりに肩に頭をひとつぶつけてクッションにおさまる。顎はやっぱり腿の上だけれど、高低差が無い分ぺたりと馴染んで気にならない。
やっぱり不自然だったよなあ……としみじみ思いながら、つやつやの背をひと撫でさせてもらう。
思わず微笑むと、ちろりとこちらを見た目がくうっと閉じて、満足気な地鳴りがはじまった。






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