禍ノ子
 専属医 / 大和


「お前が眠るまでここにいる」
「えっ?」
「いいから、目瞑れ」
「は、はいっ」

 慌てて瞼を閉じた緋色が、微かに緊張しているのが伝わってくる。
 この前と真逆だ。
 不眠を治療するどころか、彼の睡眠を妨害してしまっているのに、どうしたらいいのか分からない。

「……あの、黒田?」

 完全に困り顔の緋色に焦りつつ、何か別の話題を探す。地雷を踏まない無難なやつだ。

「佐々倉は、明日も訓練か?」
「うん、午前中にアグニスのシミュレーションがある」
「そうか、飯はちゃんと食ってるのか」
「……最近、あまり食欲ないんだ」
「お前、痩せすぎだぞ」
「わ、分かってる」

 こんな体で訓練を続けたら、倒れるのも時間の問題に違いない。自分が同僚なら絶対に放っておかないのに、他の機動班は気づいていないのだろうか。

「夕飯は何を食ったんだ。昼は? まさか朝食抜いてないだろうな」
「どうして?」
「佐々倉は帝国隊の機動班だ。俺の医療行為は当然だろう。このまま見過ごす訳にいかない」

 ああ、全然違う。
 本当はもっと個人的な理由だ。どうして単純に「お前が心配だから」と伝えられないのだろう。不器用が邪魔をして、ひねくれた言い方しか出来ない。

「ちょっと、落ち着いてよ」
「何をそんなに嫌がるんだ」
「だって、黒田に迷惑かけられないだろ」
「今の話、ちゃんと聞いていたのか」
「でも、」
「そんなに認められないんなら、診断書出して明日の訓練休ませる」
「わぁっ、分かった、分かったから」

 衛生班の権力を振りかざすと、とうとう緋色は諦めた。ここまで卑怯な手を使った自分が自分で怖いが、ようやくほっとする。

「それなら、もう早く寝ろ」
「……う、うん」

 自然を装って髪を撫でていると、ふいにその手をとられた。
 まさか避けられたのかと思ったが、緋色は掌を返すと自分の頬に押し当てた。

「こうしていていい? 黒田の手、おっきくて落ち着くんだ」
「えっ」
「黒田の言うこと聞くから……、少しだけ俺の我が儘も聞いて」

 最後のほうは、掌ごと枕に顔を押し付けてしまったので、よく聞こえなかった。こちらに向いた耳朶が淡く染まっている。
 緋色の頬は、水風船のように柔い。
 体幹を巡る血液が、思い出したようにざわめく。

「……こっ、こんな手でいいなら、いくらでも貸してやる」
「ありがと、黒田。おやすみ」

 急接近した距離と、唐突な充足感が苦しい。
 大和は荒くなる呼吸を必死に落ち着かせた。
 今度こそ、緋色の安眠を見守る為に。


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