禍ノ子
 専属医 / 大和


 数日後、再び当直室に訪れた緋色は、やっぱり目の下に隈をつくっていた。

「黒田……?」

 遠慮がちに名前を呼ばれた大和は、正直いつ来るかと待っていたので、心臓が飛び出すほど緊張した。

「さ、佐々倉。眠れないのか」
「……、うん」

 また抱き締めてやろうか――、なんて口が裂けても言えないが、以前のようなきっかけもない。
 少し考えた大和は、隅の仮眠ベッドをちらりと見た。

「ここで寝ろよ」
「えっ」
「心配しなくても、俺が当直だから好きに使っていい」
「でも、仕事の邪魔になるんじゃ……」
「別に構わない。それに様子見て薬も出せるし、とりあえず横になれ」

 強引に告げると、緋色は俯きがちに室内へ入ってきた。
 純粋に心配する気持ちは嘘じゃないのに、先日の欲情を思い出して後ろめたくなる。
 ちらりと視線を滑らせば、ベッドに腰掛けた緋色のTシャツから白い腰がのぞいていた。彼の半裸を眺めた夜が蘇るようで、慌てて頭を振る。
 気を取り直した大和は、水許班長の棚からハーブティーを拝借し、ポケットに隠していたメモ書きを広げた。

「……カモミール、リラックス効果有り、嘔吐予防、不眠症改善」

 今まで興味もなかったが、その効能を知ってから入念な下調べをしたのだ。
 ぶつぶつ呟きながら慣れない茶器と格闘していると、布団を被っていた緋色が上体を起こした。

「いい匂い。ハーブティー?」
「あ、ああ、班長のやつだけどな」
「……黒田って、優しいんだね」
「!?」

 微笑んだ緋色に、不意を打たれる。「怖い」はよく言われるが「優しい」など生まれて初めて言われた。素直で濁りのない言葉だからこそ、余計に真っ直ぐ伝わって動揺する。

「お、お前、目がおかしいんじゃないか」
「え?」
「いや、そうじゃなくて……っ、と、とにかく、早く寝ろ」

 せっかく上手くいっていたのに、勝手に取り乱してしまった。これ以上墓穴を掘るまいと、落胆しながらデスクに戻る。
 緋色の戸惑った視線を感じたが、無視している内にベッドへ潜ったようだった。

「…………」

 規則的に響く、時計の秒針。
 控えめにキーボードを叩く音。
 寝返りで軋む、ベッドのスプリング。

 仕事を再開してもちっとも集中できない。それどころか背後の様子が気になりすぎて、このままでは埒が明かない。
 例え腕に抱けなくとも、仕事の片手間に面倒を見ていたい訳ではないのだ。

「……佐々倉、眠れなかったら言えよ」
「うん」
「寒くないか?」
「うん、まだ九月だし」
「枕、高くないか?」
「うん、丁度いい」
「……っ、他には」
「黒田、俺に構わないで仕事続けて」

 弱音を吐かない緋色に焦れた大和は、とうとうベッドサイドに椅子を引っ張っていくと、憮然と座り込んだ。


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