禍ノ子
 兄弟 / 頼


 2345.02.08 花街の少年 / 頼

 この前の夜、兄に何が欲しいと聞かれて反射的に何もいらない、と答えた。それは嘘じゃないけれど、今になってそれを激しく後悔している。

『誕生日おめでとう』と崇臣からきたメールに返信をうちながら、頼は深い溜息をついた。
 今日は十六の誕生日だ。
 本当なら今夜は、豪が予約してくれたレストランでディナーを食べるはずだった。けれど今朝になって急に会議が入ったらしく、中止になってしまったのだ。
 それだけ責任のある立場にいる豪が誇らしいし、格好いいと思う。
 けれど、一つだけ“欲しがってもいい”と教えてくれたものですら満足でない現状に、頼は空しくなって机に伏せた。
 ――豪君が、言ったのに。

「おう一ノ瀬」
「……」

 背後から近づいてくるチャラチャラしたチェーンのちゃらちゃらした男に、頼は気がつかないふりをした。

「その、この前は、悪かったな……って、お前聞いてるのか」

 相変わらず踵をつぶした上履きをつっかけた虎太に椅子を蹴られる。けれど、頼は終始無言を貫いた。襲われかけた男に気を使ってやる義理も人情も持ち合わせていない。
 しかし、はたと気がついた。そういえば男同士でも出来ると言ったのは虎太だったし、彼なら簡単にその方法を聞き出せるかもしれない。
 そうだ、そうしよう。と頼が伏せていた顔を上げると、虎太はいつの間にか心配そうな表情でこちらを見下ろしていた。

「どうした一ノ瀬。腹でも痛いのか」
「……虎太、僕の質問に答えてほしいんだけど」
「え? なんだよ」
「男同士のセックスをどうやってするのか教えてほしい」
「ぬお!?」

 突然、セックスなどという言葉を使った頼を羽交い締めにした虎太は、何故か自分が真っ赤になって辺りを警戒した。

「く、……くるし、別に誰も聞いてないよ」

 呆れた頼が自分の首を締める腕を叩く。はっとした虎太はそれを解くと、今度は何を勘違いしたのかにやにやと不気味に笑った。

「何だよ、ついにお前もその気になったのか」
「そうじゃない。知識として教えてほしい」
「実践を交えて?」
「違うったら」

 まったく噛み合わない会話に頼が焦れると、それまで静かだった背後から、調子を整えた涼やかな声がした。

「一ノ瀬君は、好きな男に抱かれたいのか?」

 白江咲人だった。驚いて振り返ると、彼は当然のようにそこに座り、しなりと頬杖をついて事の成り行きを見守っていた。「咲人に聞かれちゃったじゃねーかよ」と虎太に小声で詰られたが、頼は思わず頷く。

「そう。虎太じゃ役不足だよ、俺が教えてあげる」

 頼は息をするのも忘れて、咲人を見つめた。まさか彼は男と経験があるのだろうか。そう言われてみれば、激しくそんな気がしてくる。
 しかし、そんな頼の危惧を見透かしたように、咲人は控えめに微笑んだ。

「一ノ瀬君には、俺の出身が分かるか?」
「え?」
「俺の名字には『白』という漢字が使われている。ここでは花街出身を差す言葉だ。あそこにいる子供は、どの男に種付けされたかも分からないのばかりで、色を持たない、見えない者として育てられる。だから、白」
「おい、そんなこといちいち説明しなくてもいいだろう」

 途中で虎太が口を挟んだが、煩わしい蚊を片手であしらうように、咲人は淡々と説明を続けた。

「だから、俺はそういう事情には明るいんだ。放課後うちにおいで」
「……いいの?」
「困ったことがあったら何でも言って、とこの前言っただろう」

 けれど、まさかこんな相談に乗ってくれるとは思いもしなかった。「おいしい煉切ねりきりを御馳走してあげる」と咲人が微笑んだところで、タイミングを見計らったような予鈴が鳴り響いた。


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