戦禍ノ子
天敵 / 椿
そもそも椿は、クラス対抗までさせて学年で一番を決めるやり方に否定的なタイプだった。それに、この実習が年々恒例化し、お祭りのようになっているのも好きではない。
「椿ちゃん、頑張ってね」
「俺たち信じてる!」
翌日、滞りなく特別実習は執り行われた。
椿が使い慣れた竹刀を手にとると、背後から「椿ちゃーん」と野太い声援が聞こえた。ちょっと恥ずかしいからあんまり騒がないでほしい。
椿と大志の試合を見物しに、先に敗退したBクラスや他学年の後輩、さらには教官集団も集まってきた。
もちろんコートの反対側はAクラスが陣取っている。その中で頭一つ抜けて背が高いのが大志だ。普通のTシャツ姿なのに厚い胸板が内側から隆起して、筋骨逞しい身体には異様な迫力がある。どんなにトレーニングを重ねてもああはならない椿とは、もう骨組みから違うのは明らかだった。
無造作な黒髪に浅黒い肌、よく見れば彫りの深い整った顔立ちをしている大志は、いい意味で目立つ存在の男だ。自信があるのか、試合直前の緊張感など全く感じられない。いや、むしろどうでもいいと思っていそうだ。そうに違いない。昨日の腕相撲が動かぬ証拠だ。
正直に言えば椿もそう思っている口ではある。けれどやるからには真剣に取り組んでいるつもりだ。そうでないと真面目な性格が許さない。
だから、ああいったタイプの相手には負けたくない、かもしれない。
静かな闘志を燃やす椿に気づいたのか、クラスメイトに囲まれていた大志が顔を上げた。その鋭い瞳が、真っ直ぐに椿を見つける。
一瞬、その金色の虹彩が光ったように見えた。これだけ距離があるからそんなものは見えるはずがないのに。
「椿ちゃん頑張ってー」と野太い声援がして、ハッとした椿はようやく目をそらした。
時間にしたら数秒だった。けれど、気まずさに俯いて竹刀の柄を握りなおす。
「近衛大志、早乙女椿、位置につけ」
手のひらに滲む汗を拭うや否や、教官の声が間を置かずに響いた。