禍ノ子
 天敵 / 椿


 ON YOUR MARK

 目の前に、見慣れた電子文字が現れる。
 両クラスのますます盛り上がる声援を背に、椿はきゅっと竹刀を握った。手本のように綺麗な構えをとる椿とは対照的に、大志はただ軽く竹刀を握っているだけだ。

 READY

 しかし、その瞬間までいい加減に見えた大志のオーラが変貌した。得体の知れない靄がかった何かが彼の内側から不気味に滲んでいる。
 大志は、飢えた獅子のような瞳で椿を見つめた。対峙する相手にぶつけていい視線じゃない。飢えや渇きに似た欲望は、例えるなら食欲と同じだ。

 ちょっと待て。
 彼にとって僕は獲物なのか。

 GO

 走り出した椿と同時に、大志の剣も動く。
 想像していたよりもずっと速い動きに、慌てて刀身を組み合わせたが、体ごと後方に弾き飛ばされた。
 二人の腕力の差は明らかで、周囲を囲むギャラリーも思わず息を呑む。

「今、腕折れなかったか!?」
「椿ちゃん、軽いからな……」
「あんな馬鹿力じゃ、相手が悪すぎるだろ」

 しかし周囲の心配をよそに、着地の反動を利用した椿はひらりと大志の真上に飛んだ。
 大抵の相手なら、椿が消えたと錯覚するのだが、大志は宙を舞う姿を視界に捉えると、向かってくる剣先を的確になぎ払う。
 代わりに、今度は大志の剣が椿をめがけて襲ってきた。あまりの迷いの無さにぞっとしたが身を翻してそれをかわすと、一足飛びに大志の懐へ飛び込む。
 捲れ上がったTシャツから、見事に割れた腹筋が見えた。

「危ねー、な……っ」
「あぁッ!」

 しかし、あと少しというところで大志の長い足が竹刀を蹴り上げた。予想もしていなかった反撃に、ぐらりとバランスを崩す。
 びしびしと伝わる衝撃に手が麻痺しかけ、あわや竹刀の柄を取り落としそうになった瞬間、大志の腕がそれごと椿を乱暴に掴んだ。

「捕まえた」
「!?」
「兎みたいに逃げ回るのが上手だな」

 不気味な囁きと共に、地面に押し倒される。
 やっぱり! やっぱりそういうつもりだろ!
 獲物になぞらえるなんて失礼だと抗議したくなったが、強く背中を打ったので呼吸もままならない。さらに大志にマウントポジションをとられた事態に青ざめた。

「つ、椿ちゃーん!」
「クリンチ! クリンチー!」

 ボクシングじゃないので、そんな反則判定はない。「椿ちゃん、金的ー!」という必死のクラスメイトの声援が耳に入ってくる。さすがにそれはできない。

「降参するか」
「いやだ」

 得体の知れない恐怖に、体の下から抜け出そうと足の裏で地面を蹴ったが、屈強な体はびくともしない。
 必至で抵抗を続ける椿を楽しそうに見下ろしていた大志は、しかしそこでふと動きを止めた。
 不自然な沈黙とともに、彼の視線が自分の胸元に集中している事に気がつく。翻ったTシャツの裾は、いつの間にか胸元までたくしあがっていた。
 椿はいわゆる陥没乳首だ。
 そこにあるはずの粒は、やたら柔らかそうな乳暈に埋もれ、小さな割れ目にしかなっていない。別に恥ずかしくはなかったが、こうもあからさまに凝視されると、さすがに落ち着かない。

「あの、ちょっ……どこ見て、っう、痛い」

 抵抗する椿の両手を握った大志は、そのままみしみしと圧をかけ始めた。
 椿はみっともなく悲鳴を上げそうになった。
 どうしよう、ちょっと怖い。
 乳首の一点のみを穿つ執拗な視線に、思わずぞわっと鳥肌が立つ。

「これってどうなってんの? つまんだら出てくる? それとも勃起させないとだめ?」
「勃っ……!? やだっ、ばか……あ、やめて」
「…………」
「んあっ……手、痛い」

 大志の眉間に、皺が寄る。

「……なんか」
「え?」
「ちんこ痛え……」
「!?」

 唐突に、大志の下半身が押し付けられた。
 太ももにごりっとした感触がはしり、恐る恐る視線を落とす。

「ぃ……、いや、ちょっと……」

 椿が青ざめた途端、周りから(主にCクラスのほうから)ぎゃー! という悲鳴が聞こえた。
 こんなアホみたいな状態でも、観戦されているなんて笑えない。
 半分パニックなった椿は、咄嗟に大志の耳に噛み付いた。

「!!」

 一瞬、体に乗せられていた重さが無くなる。椿は慌てて大志の体の下から這い出すと、逃げるように距離をとった。


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