戦禍ノ子
天敵 / 椿
「椿ちゃーん、お待たせ!」
早乙女椿の目の前に置かれたのは、クリームあんみつの抹茶アイス添え。今月の食堂一押しの甘味は、椿の大好物だ。
頼んでいない注文に、椿は思わずクラスメイトの顔を見上げた。
「特別実習の前祝い!」
「……そんな、いいのに」
「俺らがしたいんだから、受けとってよ」
そう言われては無碍に断る事も出来ずに、椿が「ありがと」と控えめに微笑むと、既に着席していたクラスメイトたちは、だらしなくにやけた。
特別実習とは、帝国生最終学年において行われる伝統行事である。クラス毎に選出された代表者同士で試合を行い、優勝クラスには食堂の無料券が配布されるので例年かなり盛り上がる行事だ。
Cクラスからは早乙女椿が選出された。
和菓子をこよなく愛する椿は、この春から迎撃班所属が確定している優等生である。
きめ細やかな練絹の肌と、美しい黒髪。影が落ちるほど長い睫毛に縁取られた瞳。控えめな泣き黒子が危うげな色を纏う少年だ。
「はぁ、椿ちゃん+甘味=眼福だよな」
「こういうのも今日で最後かー」
「「「寂しいよなー」」」
特別実習が終われば、翌日には帝国隊に配属される。今日まで一緒に過ごしてきたクラスメイトともお別れだ。といっても全員二号館へ移るし任務で会うこともあるけれど。
「俺らのこと忘れないでね」
「……さすがに忘れないよ」
「「「椿ちゃーん」」」
涙ぐむクラスメイトたちに苦笑しつつ器のクリームをすくっていると、突然テラス席のほうから歓声が上がった。
「何だよ、何事?」
「Aクラのやつらじゃね」
言われてみれば、Aクラスの同級生たちがテラス席に集まっている。
さらにその中心で近衛大志と、三島透がテーブルの上で腕を組み合っていた。
二人共、Aクラスの成績優秀者である。
「あれって腕相撲?」
黒蜜を絡めた寒天を口に運びながら、椿は眉を潜めた。明日は、Aクラスの代表者と試合を行うことになっているのだが、まさかあんな方法で決めようとしているのだろうか。
「腕相撲なら大志のほうが有利じゃね?」
クラスメイトの言うとおりだ。大志は力に物を言わせる典型的な迎撃班タイプだが、対する透は遠距離射撃を得意とする遊撃班タイプだ。
テラス席を眺める椿たちの空気が、一瞬凍りつく。対戦相手が大志になる可能性が高い。全員の脳裏にミスマッチの文字が過る。
案の定、大志はあっという間に透の拳を机に叩き伏せて試合は終了した。
「つ、椿ちゃんならあんなの瞬殺だぜ!」
盛り上がるテラス席に無理やり背を向けて、そうだそうだと取り巻きが明るい声を上げる。
ガラスの器の底で溶けた抹茶アイスをスプーンで混ぜながら、椿は曖昧に頷いた。
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