思ノ子
 人体研究所 / ソラ


「しょ、ソラ!」
「ん?」

 自分を呼ぶ舌足らずな声に振り返ると、よちよちと近づいてきたアタルが遠慮なしに飛び付いてきた。

「んしょ!」
「う゛っ」

 咄嗟に抱きしめて受け止めたが、思いきり頭をぶつけて床へ転がる。しかし、あどけない表情でにっこりと笑うアタルを見ると怒るに怒れなかった。
 飴色の瞳をした彼はアタルと名前が決められていた。てっきり年下だと思っていたが、同じ年齢らしい。それにしてはいろいろと遅れている気がしたが、別に問題もなかった。
 ごろごろと膝の上で転がるアタルの首には自分と同じ銀色の細い輪がはめられていて、それがキラキラと蛍光灯を反射している。
 部屋の真上には監視室があって、そのガラスの向こうから研究員たちがこちらを見下ろしていた。
 アタルが目を覚ましてからは、二人一緒にこの部屋で遊ばされている。

「アタル、こっちにおいで」

 顔を上げると、片手にカルテを持った瑠依が柔和そうに手を拱いていた。

「今日から身体検査だよ」
「う?」
「体に悪いところがないか調べるからね」

 それまで無邪気に笑っていたアタルの顔が不安そうに歪んだので、思わずソラは瑠依の白衣を引っ張った。

「俺も一緒に行く」
「ソラはだめだよ、ここで遊んでな」
「でも、」
「しつこい男は嫌われるよ」

 手を引かれたアタルの姿がドアの向こうへ消えてしまうと、ソラは呆然と床へ転がった。

 どく、どく、どく
 心臓が嫌な音を立てている。

『でもあれは出来損ないだよ』

 今さら瑠依の言葉がよみがえってきたソラは、それを払拭するように強く目を閉じた。



「ここに座って」

 柔らかな腕に抱き上げられたアタルは、壁際の黒い台の上に乗せられた。
 端には試験管やフラスコ、ビーカーが置いてある。窓は大きく開け放たれて、白いレースのカーテンが、ふんわりと膨らんでいるのが見えた。
 涼しい風が入り込んでくるおかげでそこまで暑くないが、外からはじわじわと蝉の鳴く声がする。
 瑠依は冷えた牛乳瓶を冷蔵庫から取り出すと、アタルに握らせた。

「甘くておいしいよ」
「……ありがとう」

 椅子に腰掛けた瑠依があまりに至近距離で見ているのに気まずさを感じながらも、アタルは牛乳瓶の蓋を開けた。
 初めて口にしたそれは確かに甘くておいしいが、一気に飲めそうにない。

「……うっ、ぉえ」
「全部飲めよ、それを空にして使うんだから」

 瑠依の瞳が脅迫めいた色を宿しているのに気が付くと、アタルは瓶をさらに傾けた。
 小さな口の端から飲みきれなかった牛乳が零れる。それが頬を通り、喉のほうまで伝う。
 おもむろに椅子から立ちあがった瑠依は、舌を伸ばしてその白い筋を舐め上げた。

「……ひぅ」

 細い指がアタルのまるい膝をするりと撫でる。そのまま太ももを撫でた指は、半ズボンの裾から下着の中へ入っていく。
 アタルが腰をひいても、背後の壁と瑠依の体に挟まれて逃げられない。
 彼のアイスグレーの瞳は、こちらを見ているようで何も映していないように見えた。

「……こんなところまで似るなんて、ね」

 細い指はアタルのふっくらとした会陰を確かめるようになぞると、奥の柔らかい蕾に爪を引っ掛けた。
 唇が、アタルの耳殻にくっつく。

「出来損ない同士、仲良くしようよ」



 外の空が夕焼けで真っ赤に染まり、カラスが森に帰ってくる姿が見える頃、アタルは一人で部屋に戻ってきた。
 ぼうっとした様子で力なく笑うと、白い液体に満たされた牛乳瓶を「あげゆ」と掠れた声でソラに渡した。

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