思ノ子
 人体研究所 / ソラ


 激しい夕立が去った、退屈な午後。
 ソラは暇を持て余して自室の床へ転がっていた。
 あんなに暑かった昼間が嘘のようだ。ひんやりとした冷気が、濡れた土の匂いと共に部屋へ流れ込んでくる。
 首にはめられた細い金属製の輪を指でいじりながら、ソラはおもむろに立ち上がった。

 自分がいる建物はどうやら大きな森の中にあるようで、明かりにつられて虫が寄ってくる。
 無機質な蛍光灯に照らされた廊下を歩けば、時折見事なまでに大きな蛾が、窓ガラスの外側にべったりとくっついているのを見つけることができた。
 ソラは周囲に誰もいないことを確認すると、一番隅にある重たい扉を開けた。
 薄暗い部屋の中に、変わらず『彼』は眠っている。
 巨大なケースの足元にしゃがみこむと、ソラはいつからか、ここで時間を過ごすようになっていた。
 蛍光灯の光が揺れる水面に反射して、ソラの座る床にゆらゆらとした光の波紋を落とす。
 まるで海底に沈んだみたいだった。

 はやく起きろ、
 はやく目を開けろ

 そうやって話しかけると、ケースの中の小さな指がびくびく動く。
 まるで答えているように見えるその反応は、日増しに強くなっているのに、閉じた長い睫は綺麗な扇形を作ったままぴくりともしなかった。

「……、あれ、また来てる」
「!」

 誰もいないはずの暗闇から、声がした。
 白衣を肩にかけただけの研究員が、むくりとその裸体を起こし、気だるげにこちらを見つめている。
 岸野瑠依きしのるいという男だ。黒炭のような髪とアイスグレーの瞳をした彼は、病気のように白い体をしているせいで、まるで発光しているように見えた。

「そんなにおもしろい?」

 瑠依は床に脱ぎ散らかした下着や服を一枚一枚手にとりながら呟いた。その生白い首筋に、赤い鬱血の跡が華のように散っている。

「あれ、これ羅依らいのじゃん」
「早くあの子を出して」

 焦れたソラを見ると、瑠依は摘み上げた白いTシャツを手にしたまま、すぅっと目を細めた。

「もうすぐね。でもあれは出来損ないだよ」
「……え?」
「君が欲しくても、たぶんどうにもならない」

 体に合っていない大きめのTシャツを頭から被ると、彼は白衣を翻して部屋から出ていった。
 再び静かになった部屋の中で、ソラは再び沈黙する。
 出来損ないだって?
 そんなことはない。だって話したこともないのに、狂ったみたいに惹かれるのだから。

「……あ」

 振り返ったケースの中で、丁度その子の瞼がうっとりと開くところだった。
 ずっと見たいと思っていた瞳は、まるで舐めたら甘そうな濃い飴色をしていた。

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