思ノ子
 人体研究所 / ソラ


 その日から、アタルは瑠依に連れ出されるようになった。
 決まって夕方になると、ぼうっとしたアタルがぬるい牛乳瓶を持って帰ってくる。
 それがあんまりおいしかったので、ソラはアタルの様子に違和感を覚える一方で、彼が帰ってくるのを楽しみにすらしていた。

 その日も、ソラは一人で部屋に転がっていた。
 突然ガチャリと開いた扉に、まさかもう戻ってきたのかと顔を上げると、瑠依によく似た雰囲気の男が立っていた。

「ソラ、来い」

 髪や瞳の色は同じだが、瑠依よりも低い声だ。筋張った大きく冷たい手に引かれながら、ソラは白衣の背中を黙って見上げた。背が高く、体つきもがっしりしている。
 どちらかというと女性的な曲線美を滲ませる瑠依とは、雰囲気が違う男だ。

「何か言いたそうだな」
「似ている人がいる」
「……瑠依か」

 歩きながら半分だけ振り返った研究員は、また前を向いた。

「あれは、双子の弟だ」
「弟?」
「同じ親で、俺が先に生まれた」
「名前は?」
「岸野羅依」

 ドアの前で足を止めると、羅依は白衣のポケットから鍵束を取り出し、そのひとつを錠口に差し込んだ。
 ガコンと重たい音をさせて扉が開くと、中は空調が効いていないのかむっとした空気が籠っていた。
 暗い部屋の中心には、黒く大きな椅子が不気味に置かれている。
 羅依の手に引っ張られたが、ソラは足が床に貼り付いたように動けなくなった。
 自分があそこへ座るのだと、直感したのだ。

「来い」
「……嫌だ」
「諦めろ、お前らに拒否権などない」
「な、なんで……?」

 ふいにアタルの顔が頭をよぎった。
 さっき、自分と同じように瑠依に連れて行かれたばかりだ。

「アタルは?」
「あいつも同じだ」
「!?」

 有無を言わさない力で、ソラは暗い部屋の中に引きずり込まれる。
 再び重たく閉まるドアの音は、これから繰り返される絶望の始まりを告げた。

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