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一号館には食堂があって、朝の七時から開いている。海に面したそこは見事なオーシャンビューで、晴れている日は美しい景色が眺められたが、今朝はあいにくの天気だった。
暇をもて余していた聖は、何をするわけでもなく、ぼんやりと肘をつきながら灰色の海を眺めていた。
雨で湿った潮の匂いがする。
がちゃん、
「あっ」
激しく割れた食器の音と対照的に、涼しく落ち着いた声がした。足元には、グレーのジャージを着た特別候補生の少年が屈んでいる。彼は床に散らばった食器の破片を丁寧に拾い集めていた。
こちらに向けられた黒い髪と薄いうなじを見下ろしていると、遠くから別の少年が駆けてきた。
「何してんだよー、聖夜」
破片を拾い終えた少年が華奢な背中を伸ばす。
どこかで、見たことがあるような顔をしていた。
もちろん初対面だが、白い肌や黒い髪、目の形に既視感がある。
そこに違和感はしたが、それよりも先に聖はやることがあった。脊髄反射のように彼の腕を掴み、逃がさないとばかりに自分のほうへ引き寄せる。
「おい」
「えっ、な……何?」
琥珀の瞳に怯えた色が滲み、一瞬しまったと思ったが、すぐ背後にいた別の少年が慌ててそれを振り払った。
「何だよあんた」
「あ……、いや」
「……?」
二人は不審そうに聖を振り返りはしたが、関わらない方がいいとすぐに立ち去っていった。
「あれ誰?」
「知らない人」
遠くなっていく少年たちの声を聞きながら、ぼうっと自分の手を見つめる。
頭は微かな興奮状態で、鼓動はやや早めに動き、背中にはじんわりと汗をかいていた。
それは紛れもなく『獲物』を見つけた緊張の余韻だ。
聖は居心地の悪さに席から立ち上がった。
「……なんでだよ」
顔の整った少年と判断したら、もう体が動いていた。それは無意識のうちに染み付いてしまった生きるためのライフワークだ。もう必要ないと頭では分かっていたのに、どうしてもじっとしていられない。
頭痛さえしてくるような気がしながら、エレベーターのボタンを押す。あっという間に到着したそれに乗り込むと、背後から呼び止められた。
「待って、乗ります!」
ドアが閉まりかける直前、滑り込んできたのはグレーのジャージを着た達貴だった。