「うはあ、疲れた…」

なんとも情けない声で呟いて、まだ誰もいない食堂の机に突っ伏す私の様子は疲労困憊と言うに相応しいだろう。
使い慣れない筆の練習は思っていたよりも精神的疲労が大きかった。
その上、酷使し続けた右手が痛くてしょうがない。
とはいえ、泣き言を言えるほどの仕事はしていないのでそれは心の中に押し留めてはあ、とため息。

あれから私は小松田くんがくれた紙で筆の練習をし、なんとか枠線を引いたり見よう見真似で「入門表」と書いたりできるぐらいには進歩した。
だけど逆に言えばそれしか出来ない私は、吉野先生や小松田くん、事務のおばちゃんに謝罪しつつ、ひたすら入門表の台紙作りに勤しむしかなかったのだ。
黙々と台紙を作る事しかできないだなんてなんとも情けない。

ちなみに小松田くんとはこの数時間で一気に仲良くなり、小松田くん、名前ちゃんと呼び合う仲になった。
あえて名字呼びなのは彼の親切が天女補正に影響されてのものという可能性と、他のキャラたちを名字にくんを付けて呼ぶようにしているという二つの理由がある。
前者に関してはないと思うが念のためだ。
あんなに優しい小松田くんに対してそんな疑念を抱きながら接していかなければならないのは心苦しいけれど、仕方がない。
生き延びるためには警戒が過剰なぐらいで丁度いい。

後者に関しては忍たまや土井先生とは一定の距離を置きたいためだ。
小松田くんと距離を置きたいとは思ってないが、彼一人だけ名前呼びなどしたら俺も俺もとその他大勢が言い出す可能性がある。
そうなれば小松田くんだけを名前呼びする訳にはいかない。
もし小松田くんだけにしてしまえば天女チャームの患者さんたちの嫉妬心によって小松田くんがひどい目に合うかもしれないからだ。

そうして仕方なく呼び名の変更をしている内に距離が縮まったと勘違いされ、今以上にもてはやされた結果、気付けば逆ハーレム状態に。
そして死亡エンド一直線。
最終回は「先輩たちは何も悪くない、悪いのは全部天女とかいう女なんです!」「ありがとうお前たち…もう二度と我々はこんな失敗をしないと誓おう!」「僕たちの尊敬する先輩たちが帰ってきた!」で、めでたしめでたし、だ。
なんにもめでたくない。
そんな訳で小松田くんも名字呼びをし、一定の距離感を保とうという結果になったのだった。

それにしても明日から私は何をしたらいいんだろう。
今日は台紙作りを延々とやったけど、明日も台紙を作っている訳にはいかない。
何せ今日だけで台紙を何十枚も作り上げ、作りすぎたせいで収納場所に収まりきらずに困ってしまったぐらいだし。
何か他に私でも出来る仕事があればいいんだけど、生憎と小松田くんが散らかした書類を集めたり小松田くんが零した墨を拭いたり小松田くんが転んで破いた障子の修理を依頼したりするぐらいしか私には出来ない。
…いや、それはそれで重要な仕事だな、うん。

小松田くんのドジはともかく、この時代の字が読めない、書けないのはマズい。
この世界にいつまでいなきゃいけないのかは分からないけど、いる限りは必要になるに決まっている。
忍たまの世界での識字率がどうなってるのかは分からないけど、こういうきちんと学ぶ学園があるあたり低くはなさそうだ。
つまり仕事をする上で読み書きが出来るのが前提となっているかもしれないという事。

この学園にいる間はいい。
だけど天女補正を解く事に成功して、学園を出る事になったら?
職が見つからず野垂れ死にするかもしれない。
そんなのは絶対に嫌だ。
結局死ぬんじゃ天女補正を解く意味がない。

不破雷蔵の如く首を傾げてどうしたものか悩んでいると、おーい名前ちゃーん!というなんともほわほわした声が聞こえてきた。
声のした方を見ればにこにこ笑顔の小松田くんがぱたぱたとかけてくるのが見える。
転びそうで心配だなあと思っていたらそれが前フリになってしまったのか、小松田くんは見事に転んで持っていた帳面を思いっきりふっ飛ばした。
うん、お約束。

「大丈夫?」
「あはは、またやっちゃった」
「転ばないように気を付けてよ?」

まったく、と零せば小松田くんは気にした様子もなくごめーんと笑う。
それに反省しなさい、と返してから小松田くんが落とした帳面を拾って渡してやる。
今日だけでこの作業はもう五回目だ。
さすがに六回目はない事を祈る。

「それで?私に何か用だった?」

もう今日の仕事は終了と言われた筈だけど…まだ何かあったんだろうか。
どうせならどこかにお使いとかの仕事だとありがたいんだけど。
それか学園の周りをお掃除系。
とにかく外に出られたら何でもいい。

しかしそんな私の思いをドジっ子小松田くんが察してくれる筈がなかった。

「じゃーん!これ何でしょう?」
「えー?何って…あ、書き取り帳…?」
「そう!一年は組の加藤団蔵くんに一冊貰ってきたんだ!」
「…もしかして、私に…?」
「うん!字の練習に使って!」

こ、小松田くん…なんて優しいの君は…!
ああ本当に最初ものすごーく馬鹿にしてた事を謝罪したい。
そしてあの時の私を斬滅したい…!

「ありがとね、小松田くん!」
「えへへ…あ、あとね、もうひとつ!」
「うん?」
「名前ちゃん、この時代の常識とか分からないでしょう?」
「うん、全然まったく」
「そこで!六年ろ組の中在家長次くんに名前ちゃんの先生役をお願いしてきましたー!」

ばばーん!と効果音が付きそうな表情と態度で言った小松田くんの言葉が理解出来なくて私は固まった。
先生役、に、中在家長次くん?

こ、こ、小松田くゥゥゥゥゥん!?
何やらかしてくれてんのォォォ!?

そんな私の焦りに気付く事なくえへん!とちょっとドヤ顔の小松田くんの後ろ、食堂の入り口からむすりとした表情の中在家長次が入ってくるのが見えた私は、もう一度心の中で叫ぶ。

何やらかしてくれてんの小松田くゥゥゥゥゥん!!!!!!


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