部屋は畳ばりで、い草の薫りがほのかに部屋に染み込んでいた。
「一泊二日、朝夕食付きでお風呂は温泉。これで一人六千円切っちゃうんだから、我ながらいいとこ見つけたよ」
「その格安な分交通費がついたけどな。……俺もこういうところは嫌いじゃない」
宿泊鞄をドサッと置いて、座布団に腰を落ちつける。季節も夏に入ろうとしている。少し、汗がにじんでいた。
ふと、女子部屋の方が気になる。柚希は、あのハイテンションな仁岡とどんな話をしているのだろうか? そもそも、会話は成り立っているのだろうか? ……不安だ。
「みゆきちゃんはああ見えて、気遣いのできる子だ。面倒なことにはならないさ」
こいつはテレパスか。それとも俺の表情は口ほどにものを言っているのだろうか?それは嫌だな。
じゃなくて。
「お前、仁岡のなんなの?」
駒浦らしくない、会話のテンポが一瞬崩れた後、
「……小学校からの幼なじみ」
という返事が返ってきた。それはそれは。
「お前の過去を知る者、か。そりゃあ面白いことが聞けそうだな」
俺の冗談に、駒浦は軽く鼻で笑っただけだった。おや、と俺が思うよりも早く、がぁっ、とも、だぁっ、とも判然としない短いうなり声があがった。
「疲れた! 寝る! 十五分前になったら起こしてくれ!」
叫ぶように言い残して駒浦は寝転がった。何なんだと思っているうちに、寝息も聞こえてくる。……何なんだよ、本当に。
そういえば、どうして仁岡がこの旅行に参加することになったのかも、まだ聞かされていないんだが。
(まあ、どうでもいいか)
それより、柚希に渡すプレゼントはどこで買おうか。昼飯ついでに、どこか寄れるような所はあるだろうか? 聞こうとしても、頼れる駒浦はもう夢の中だ。計画書には……書いて……あったかな……?
……眠いな。
ドンドンとけたたましく叩かれるドアの音で、飛び起きるように目が覚めた。
「ちょっと! 何時だと思ってるの! 早く起きなさーい!」
ドア越しからは二人の会話も聞こえてくる。
「……温泉に入ってるんじゃないの?」
「着いた途端に? 昼っぱらから? 小径がそんなジジ臭いことする訳ないじゃん」
「望道は……するかも」
「おい。言いたい放題だな」
座布団を枕にしていたせいでつぶれてしまった髪が気になるが、とりあえず今までずっと叩かれ続けたであろう扉を解放する。
「偉そうに。今何時だか分かってんの?」
「悪い、今見た。十二時十分だ」
ふわー、と部屋の奥で大あくびをついて、ようやく駒浦が目を覚ました。
「早く支度してよ! いい加減、人を待たせるのはやめてよね!」
十分の遅刻でここまで怒られるとは。印象に似合わず仁岡は几帳面なのか。足早にロビーへと向かう仁岡を追いかけるように柚希が慌ててその場を離れようとする。
「あ……柚希」
柚希は苦笑いして、「とにかく、急ごうか」とだけ言って去った。
「参ったな、怒ると面倒なんだ。だから起こすよう頼んでおいたのになあ」
振り返ると、今さっきまでこんこんと眠りこけていたとは思えぬ爽やかさで、いつもの減らず口を叩く駒浦がすべての準備を整えて立っていた。
「鍵は任せたよ。俺はみゆきちゃんをなだめてくるから」
俺の脇を風のごとくすり抜けて駒浦は出て行き、部屋には俺一人となった。
(いい加減、人を待たせるのはやめてよね!)
仁岡の怒号を思い出す。もうこれ以上、仁岡を怒らせるようなことはするまい。
そう決意すると、不思議と体がいつもよりも機敏に動くのだった。