温泉宿は、降り立った無人駅から歩いて二十分のところにあった。地図を持つ駒浦を先頭に、その地図を覗き込むように仁岡がその隣を歩き、俺と柚希が並んでその後を追う。のんびりとしたペースだった。
「ここだ、このスーパーを通り過ぎて、坂を上るのかな?」
「地図でなんで坂があるって分かるのよ」
「ほら、この旅館の玄関写真のアングル見なよ。坂がないとここの地面はこうは写らない」
「……本当だ」
この二人が喋りすぎるから、という訳では全然ないのだけれど、勢いに圧倒されている感は否めない。俺の元々重い口が、今日はさらに重く感じてしまう。
「二人とも……」
柚希も、たまに口を開きはするが、
「……楽しそうだね」
なんだか独り言のようにうやむやになって終わってしまう。俺は少し、申し訳ない気持ちにさえなっていた。
「……なんか、わりぃ」
不思議そうに首を傾げる柚希。
「いつもみたいに話そうと思ってはいるんだけど、できねぇんだ。『いつも』が分からなくなっちゃってさ……。
俺、こういうの初めてなんだよ。その、なんだ、友人と泊まりがけで旅行……みたいなのがさ」
友人と言えるような仲なのは、駒浦だけだが。
「ううん、いいの。私もちょっとまだ、緊張してるみたい」
「つまらない思いは、させたくないんだけど……」
「結構楽しんでるわよ?」
柚希がそう言って微笑みかけてくれた。それだけで俺は幸福感に包まれてしまうんだから、やっぱり少しおかしいよな。
「到着だ! ほら、二人とも急げよー」
駒浦が立ち止まって手をこまねいている。俺たちは歩調を早めた。
旅館は個人が経営していて、少し大きな民宿、と言った風だった。部屋はもちろん男女で分かれていて、他に団体はいなかった。
「ほぼ貸し切り状態なのね」
明らかに仁岡は嬉しそうだ。何かしでかす予定でもあるのだろうか。
駒浦が部屋の鍵を受け取り、一方を柚希に渡した。
「部屋に荷物を置いて、少し休むことにしよう」
今の時刻は昼の十一時。小腹も空いたがまずは足を伸ばして座りたい。
「じゃあ、十二時頃にロビーに集合ってことで」
女子たちと別れて、俺はポケットに入っていた計画書を確認する。休憩時間も含めてほぼ駒浦のタイムテーブル通りだ。俺の隣でへらへら笑って手を振る男をまた、すごいと思ってしまった。