噂は耳にするものの、あまり教室で見かけたことのなかった賢司は、聞けば同じ学部学科に所属しているという。
しかし、どのノートが必要かを確認するための会話以外はテスト範囲部分の確認程度で、二人の間にはコピー機のうなり声だけだった。
履修登録の多くが重複しており、持ち合わせていたすべてのノートをコピーしている賢司の後ろ姿を、優生はただぼんやり見つめるしかない。
「これで、終わりっ。悪かったな、遅くまで」
「え…あ、うん」
最初から馴れ馴れしい態度だった賢司が、軽い調子とはいえ謝ってきたことに驚きつつ、ノートの束を受け取った。
ナイロン地の大きなトートバッグにノートをしまう間、賢司は立ち去ることもせず、まだ優生の傍らに立ったままだ。
真面目に講義に出席している優生は、ノートのコピーを頼まれることもあるが、さして親しくもない場合にはノートの受け渡しが終った時点で立ち去ることが多いのだが。
不思議に思って顔を上げると、こちらを見ている賢司としっかり視線が絡んだ。
「・・・な、に?」
真っ直ぐに見つめられていたことに思わず怯んだ優生を気にした様子はなく、賢司はにっこりと微笑んだ。
「お礼にメシ奢るから、飲みに行こうぜ」
「・・・え、ちょっと!」
購買部に引き摺られた時のように腕を掴まれはしないが、優生の返事を待つ様子もなく歩き出した賢司は、都会の人間の多くがそうであるように少し早足で歩き、着いてくるのが当たり前というように後ろを振り向きもしない。
しかし、今だけは賢司の横暴ともとれる行動に感謝していた。
前を歩く賢司を追いかける優生の顔は、自分でも自覚するほど真っ赤に染まっていたのだから。
外に出ると冬の空は真っ暗で、外灯の明かりだけで人影も少なく、火照った頬が冷えていくのを感じる。


連れてこられた飲み屋は大手居酒屋チェーンだった。
「生中二つ」
「はい、生中二つ」
「え?」
初めての場所に周囲を見回している優生をよそに、賢司はおしぼりとお通しを持ってきた店員にメニューも見ずに注文の声をかけた。
二人で来て二つ頼むということは、一つは優生の分だろう。
初めての酒の席でマナーもわからない優生だが、確認もせずに注文されたことに違和感を感じて賢司の顔を見つめると、賢司は不思議そうな顔でこちらを見つめかえしてきた。
「何?飲めないの?」
「いや、多分・・・飲めると思うけど・・・」
「は?」
「・・・お屠蘇は平気だったから、平気だとは思う」
「おとそ?・・・あははは、うん、お屠蘇ね」
未成年の飲酒は違法だが、隠れて酒を嗜む者は多い。いや、隠れる者も少ないか。高校の文化祭の打ち上げにすら酒が出てくるのだから。
それが『お屠蘇』なんて正月の風習を持ち出すものだから、賢司は久しぶりに腹を抱えて笑った。
何で笑われたのかわからない優生だったが、賢司があまりに長く笑っていることに不快感を示すよう顔を顰めた。
「戸田くんって面白いね」
一頻り笑った賢司がそんなことを言うものだから、優生は眉間の皺をますます濃くした。


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