昨夜もそうやって忌まわしい影を思い出して、酒に逃げたのだ。
大して酔うこともできず、ザルといわれる自分の体質を恨めしく思いながら、投げやりな気持ちでベッドに入ったこともしっかりと覚えていた。
自分では酔った自覚はなかったが、ベッドに入ってからの記憶がないことと、夢も見ずに昼過ぎまで寝入っていたことを考えれば、床に転がる空き缶たちも無駄ではなかったのかもしれないが。

机に置いたままでボトルに汗をかきはじめたミネラルウォーターを口にする。
まだ冷たさを保つ水分が喉を流れ落ち、幾分冷静さを取り戻した。
それでも、心の澱が払拭できたわけではない。


──大学生だった。
上京して初めての一人暮らしに浮かれることもなく、淡々と毎日を過ごしていた。
講義をサボることなど考えたこともなく、いつも前方の席でノートを取り、空き時間には図書館へと足を運ぶ。
控えめで都会慣れしていない優生にとって、他の学生の派手さは慣れることはなく、友人も同じようなタイプばかりが集まった。
サークルには所属せず、少しの友人と週に3回のアルバイト。親からは申し分なく仕送りを貰っていたが、何か大学生らしいことをと考えて始めたのがアルバイトだった。

都会の忙しなさにもどうにか慣れてきた二年生の後期。
あれは、目前に迫った後期試験の範囲を確認するため、講義の帰りに掲示板の前へと足を運んだ時だった。
最後のコマまで講義を受けた後で、掲示場の辺りに人気はなく、ゆっくりとメモを取ることができた。

「とーだくん!」
「ひっ!」
人気のなかった廊下に突然響いた明るい声に驚き、ビクリと震えた肩に重みをかけられて、思わず情けない声をあげていた。
「何それ、ひどいなぁ」
一瞬のことで何が起きたのかすぐに理解することができなかったが、クスクスと笑う声が耳元で聞こえるのと、肩にかかる重みの原因を目の端で確認して、肩を抱かれているのだと知った。
こんな馴れ馴れしい態度の人間は、優生の交友関係にはおらず、無駄に明るい声にも覚えがない。人見知りの優生は緊張で身体を強張らせていたが、相手は気に留める様子もなかった。
「トダくんでしょ?いっつも前の方で講義受けてるよね?」
肩を抱かれて固まったままの優生は声を出すことができず、男の方を見もせずにただコクコクと頷くしかなかった。
「やっぱり。ねぇ、ノート貸してくんない?」
男の言葉に頷いたのは勢いだった。内容なんて理解していない。

「・・・え、あっと、その」
「よーし!とりあえず今日の分コピーしよっか」
優生が状況を把握した時には遅く、肩を抱いていた男は優生の二の腕を掴むと、コピー機の設置された購買部へと優生を引き摺るように歩き始めた。

少し後ろを歩きながら、チラチラと見える男のシャープな横顔には見覚えがあった。
派手な学生が多い中、学内でも一際目立つ男。
直接話したのは今日が初めてだが、『本橋賢司(もとはしけんじ)』という男の名前は耳にしたことがある。
容姿も行動も派手で目立つ賢司と自分の学生生活が交わることなんてないと思っていた。
一緒に購買部へ向かっているこの時でさえ、そんなことは微塵も考えていなかった。


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