グラスを空にして立ち上がろうとしたところに、カウンターの中のシノブから新しいグラスが差し出された。
顔を上げると、一瞬だけ瞳に困惑の色を浮かべてから表情を消したシノブが、隣の男を視線で示して「こちらから」と控えめに一言添える。
「一杯だけ、付き合ってくれませんか?」
グラスを掲げて窺うように首を傾げる仕草に、先ほどからチラチラとこちらを盗み見る視線の温度が上がったように感じるが、反して優生の瞳は冷めた色のままだ。
イイ男で自分の魅力を自在に操るようなタイプはひどく苦手なのだ。
まして、男が意図したわけでもないが、集まる視線は不快以外の何物でもない。

できることならすぐにでも席を立ってしまいたかったが、見世物になっている今、事を荒立てて客の興味を煽ることは得策とは思えず、仕方なくグラスを手に取った。
「乾杯」
「・・・」
グラスに口をつけようとして、横からカチャリとグラスを当てられる。
気障な仕草にますます嫌悪を募らせた優生は、あからさま眉を顰めた。
「そんなに俺が気に入りません?」
「・・・いい男は全部気に入らないかな」
男と視線を合わせずにカウンターの中を向いたまま、ため息混じりに応えた。
「うん。そうじゃないかと思って声かけたんです」
何か探ってくるかとも思ったが、男はあっさりとそう白状した。
探られたところで答えてやるつもりは毛頭ないのだが。
しかし、モデル男の言葉は無視できるものではなく、困惑しつつも振り仰いで男を睨みつける。
迷惑とわかっていて声を掛けたなんて、どういう了見なのか。
「協力してくれませんか?」
目が合った男は、脈絡の無い台詞を囁いてにっこりと微笑んだ。

曰く、ナンパ避けの堤防にならないかという、この男でなければ何を馬鹿なことをと鼻であしらいたくなるような話だった。
この辺りでハッテン場でもない飲み屋に入っても、誘いが引きも切らずゆっくり酒も楽しめないという、イイ男にはイイ男の苦労があるらしい。
確かに、飲んでる間中見つめられ、モーションをかけられていたのでは堪らない。
優生のように、あからさまに興味がないといった相手となら、そんな心配もないといったところか。
それとも、こんな風にあしらわれるのが物珍しくて、適当な言い訳で足を止めようというのか。

「変なお願いをしてすいません」
この男に興味を持ったわけでも、まして顔に絆されたわけでもなく、同情と少しの意地で付き合ってやることに決めた。
毎週金曜日は、最終電車の1時間前までこのバーでグラスを重ねると決めている。
知らぬ男のために週末の楽しみを奪われ、待つ人もない一人暮らしのアパートに早々に帰ることはない。

「じゃ、改めて乾杯」
今度は優生からグラスを掲げた。
男は一瞬驚いた色を見せたが、すぐに自分のグラスを合わせ、涼しげな音を響かせた。
声を掛けようとチラチラ視線を送っていた客たちも、珍しく積極的に返す優生に驚き、モデル男の今夜の相手は決まったのだと納得したのか、店内に徐々に落ち着きが戻ってくる。


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