日本有数の歓楽街の端、ゲイタウンの境に位置するその店は看板もなく、店の扉に『OPEN』と木製の小さな札が掛けられているだけだ。
眩いネオンで派手に装飾された繁華街で、見失ってしまいそうなほど地味で小さなその店は、ゲイタウンと呼ばれるエリアに店を構えるだけあって、従業員も客も男しか居ない。
しかし、ハッテン場ではないこの店は、静かに酒を楽しみ、時に秘密の恋愛の話を誰に憚ることなくできる普通のバーとしてそこに在る。
もちろん店で意気投合すれば連れ立って出て行く者も居るが、そういったことを目的にしない者がほとんどだ。
戸田優生(とだゆうせい)もその一人で、週末毎に足を運ぶが、静かにグラスを傾けて同好の士だけの空間に一時の安らぎを得る。

以前は今夜の予定を尋ねられることもあったが、今では優生に声を掛けるのはバーテンのシノブか顔見知りの常連くらいだ。
容姿に問題があるわけではない。
ひとつひとつのパーツが地味で、印象に残らない顔に仕上がっているだけで、顔の造作は存外整っている。
性格も顔に見合って控えめで、相手と打ち解けるのにも時間がかかる。
声を掛けられないのは人見知りの気がある優生が、一夜限りの関係を好まないことを、この店を利用する多くの者が知っているからだ。
彼がこの店を利用するようになって数年経つが、優生はいつも一人でやってきて一人で帰って行く。


カランと鳴いた乾いたベルの音に重なるよう、小さな店内に細波が立つ。
ハッテン場でないとはいえ上品な客ばかりではない酒場で、人目を惹くような男が入店すればそれなりに色めき立つ。
誰もが入り口の方を振り向く中、優生だけは興味が無い風でカウンターの中の酒瓶を見つめていた。
隣で椅子の軋む音がしても、彼の視線は変わらず酒瓶を眺めている。

「おひとりですか?」
知らぬ声で話しかけられ、一瞬固まったことを悟られないよう、優生は声のする方へそっと振り返った。
カウンターに無造作に置かれた節ばった指がまず目に入り、そのまま視線を上げていくと隣に座る男と目が合った。
整った顔立ちの微笑みかける目元は優しく、優生は一瞬息を飲んだ。
先ほど店内が騒がしくなったのも頷ける。
精巧に創られたパーツがくどくならない絶妙なバランスで配された顔は、長身の体躯と相まってファッション誌から抜け出てきたような華やかさを纏っている。

人の視線を集めるのに慣れているかもしれないが、こんな至近距離でいつまでも見つめていては相手に申し訳ないし、変な風に取られても困ると思い優生は慌てて口を開いた。
「見ての通り。誰か待っているようにでも見えましたか?」
いつも声を掛けられると決まって返す言葉。
初対面の相手と話す緊張から声が硬くなっているのだが、それが冷たい印象を与えるらしく、大抵はすぐに他のテーブルへと移っていく。

しかし、目の前のモデル男は微笑みを苦笑に変えただけだ。
「そんなに警戒しないで下さい」
酒の席では大抵の者が馴れ馴れしい態度で接してくるが、丁寧な姿勢を崩さない男を思わず不審の目で見つめてしまう。
無視してもトラブルに巻き込まれる場合も多い。
扱いかねて、曖昧な仕草で視線を逸らせるとグラスの中身を呷った。


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