キリリク小説 | ナノ

love me.

「…ぁ、ぁの、…ケイちゃん…?」

「何?」

「近いんスけど…」

「そうかな?」


慎吾の鼻先10センチ足らず先に、ケイの小さな顔があった。

「な、なんか、用…?」

「うん」

ケイはさらに顔を近づけてきた。
大きな瞳に、焦る慎吾が映る。

「…」






この状況になったのは数分前。

いったん話はそこに戻る。








「だー!めんどくせー」

慎吾は、通う高校の図書室にいた。
厳密には大部屋ではなく、その中の奥に4席ほどある自習室である。
扉が閉められ、一つの小部屋のようになっていた。だから、声を上げても自習室に自身しかいないなら迷惑にならない。

後々これが足枷になるのだが…

とにかく慎吾は自習室にいた。
鼻と唇の間にペンを挟み、机には原稿用紙と小説が置いてあった。

「だいたい高校にもなって読書感想文って…」

小説に手をやりパラパラと捲る。捲ると言っても読むのではない。解説を丸写しする作戦なのだ。
なるべく有名でないもののほうがいい。マイナーな、でも小難しいジャンルではない読み物。手に取ったのは海外文庫だった。
俺の柄じゃないけど怪しまれることはないだろう、そう答えを出す。

慎吾は解説ページを開き、ペンを握った。その時だった。



「慎吾くん」

不意に頭の方から声がし、慎吾は顔を上げた。

「ケイ、ちゃん…」

ショートカットの少し癖のある髪で前髪は斜めにピンで止められていた。猫を連想させるぱちっとした目で、にっこり微笑んでいた。

「勉強?」

「あ、ぁぁ、いや、」

特に意識をするなっていう方が無理な話だと慎吾は思っていた。

ケイの、自分に対する気持ちは知っている。
だが俺にはまゆがいる。
だから応えることはできない。そう伝えた。それでもケイの俺に対する行動や表情、態度に変化は見られなかった。

だから、すごく、意識する…。




いやっこれは断じて浮気じゃない…!浮気じゃないぞ!!


慎吾はぶんぶんと首を振った。

「慎吾くん…?」

「あ、いや、読書感想文をね、書いて、たんだ」

しどろもどろに慎吾は答えた。
ケイはくすりと笑って

「じゃあ私も」

と一旦自習室を出て行き、ガタガタと何やら抱えて戻ってきた。

「…よ、いしょっと」

手には机。

「え」

「んしょ」

「え」

「よいしょっ」

「え、え、え」

あれよあれよという間に、慎吾はケイが持ってきた机と、自身が座っていた机とに挟まれる形になった。

「はい、慎吾くんこっち向いて」

ケイは新しく持ってきた机をトントンと叩いて慎吾を呼んだ。
慎吾はゆっくりと振り向く。

「そうじゃなくて、身体ごと。こっちの机で読書感想文書いて」

「て、てか机とケイちゃんの持ってきた机の間が狭くて身動きとれないんだけど…」

「あっごめんね!こ、これで回れる?」

あくまで振り向かせる気か。

慎吾は少し広くなった隙間で椅子を180度回転させ、ケイと向き合う形となった。

そしてケイは再び机を狭めてくる。ぐいぐいと腹に当たる。

「ちょちょちょケイちゃん…?」

昼間に食った焼きそばが出そうなんですけど…

「だってこうでもしないと慎吾くん逃げるでしょ」

にっこり笑うケイに、慎吾はあははと乾いた笑いを返した。



そして最初に戻る。

ケイの顔が、慎吾に近づく。


「用ってな、ななななに?」

ケイはにこっと笑い

「まゆさんからね、今日メールが来たの」

「え?」

「泊まりでディズニーランドに行ってきますって」

そう言えば、平日にもかかわらずまゆは両親とディズニーランドに行くと計画を立てていた。
「慎吾はお土産は何がいい?ジュースとかでいい?」
って聞かれたっけ。

「そ、それで?」

「その間、慎吾くんのことよろしくねって」

「へ?」

ケイはニコニコと携帯を取り出し、メール画面を見せてくれた。
そこには絵文字がわんさか入った、とにかくきらきらしたメールがあった。

『ケイちゃんおはよぉいい天気だね今日から泊まりでディズニーランドに行ってきまぁすお土産何がいーいたぁくさん買ってくるからネ


…絵文字の量が俺とのメールと全然違うんですけど。

メールをスクロールさせ、ある一文で慎吾は自分の目を疑った。


『私が留守の間、慎吾のことよろしくねぇほんとバカでエッチでどぉしようもないから、ケイちゃん見張っててね何かあったらひっぱたいたって構わないからそれじゃー行ってきまあす


「ね?」

ケイはにこっと首を傾げた。

なんだこれ…こんなの送ってたのかよ

慎吾は何度も読み返すが、ケイはぱっと携帯を取り返し鞄にしまった。


「あの、」

慎吾の言葉をケイは遮った。

「公認だね」

「え」

「まゆさん公認」

「へぇ?」

間抜けな声を出した。

「公認、て」

いつもより強引で、自信に満ちたケイのきれいな顔は不覚にもいつもよりかわいく見えた。




しばらくはペンを握り、原稿用紙に目を落としていた慎吾だったが、視界にちらちらと入るケイが気になっていた。
顔を上げると、机に両肘をつき、両手で顎を支えじっと慎吾を見つめるケイ…

「ケイちゃん、なに…?」

「慎吾くんって結構まつげ長いんだね」

「へっ」

いや、見たことないし、言われたこともないし、まゆにだってそんなに見つめられたことがない。

「続けて続けて」

とケイは慎吾を原稿用紙に促した。

視線は落とすも、慎吾の気はまったくもってこの海外文庫に移ってはいかない。


つか、ケイちゃんの膝が俺の膝に当たってんスけど


慎吾はケイとの至近距離に心臓は興奮しまくりだった。

嫌なわけではない。

ケイちゃんを避けたいわけじゃない。

ただ、自分にはまゆがいて、まゆに浮気がばれたら1日ペットで…

って、いや、これは浮気じゃない。断じて違う!これは





「…」




もう一度、慎吾はケイを見た。

ケイは「なに?」と言うように首を傾げた。

「…」


大きな目が、慎吾を見つめていた。









「ケイちゃん、」


慎吾はごくりと唾を飲んだ。









「何?」

ケイは大きな目をさらに大きくさせて、体をずいと乗り出してきた。


だから何で乗り出してくるんだー!?



ケイの顔がさっきよりさらに近づく。


息遣いがわかるぐらい。







「ケイちゃん」










「ケイちゃ」










慎吾の唇は柔らかなケイの唇に塞がれた。


「…!?」







突き飛ばすこともできただろう。

まゆの顔が浮かんできて、あるいは罰の光景を想像して。

だけど








慎吾は持っていたペンを離した。

ペンはコロコロと机を走り、カチンと床に落ちた。

慎吾の右手は、ゆっくりとケイの肩にたどり着く。



小さく、ビクッとケイが跳ねた。




そして少し唇が離れる。


「ケイちゃん…」



「好き。慎吾くん」




もう一度、唇を寄せ合った。

ケイはさらに体を乗り出し、慎吾の左手は右手のそれと同じように。

その手にケイの手が重なった…。







〜♪ジョイ&トイM字開脚!開脚!開脚!〜♪♪♪





慎吾のポケットから着うたが流れてきた。


この着うたは、まゆだ。

「何、」

「ご、ごめん」

慎吾は慌てて身体を引き、ポケットに手を突っ込み携帯を取りだした。


♪そう、あいつはクライシス!クライシス!クライ…

「もしもし!?」

『慎吾お〜?』

慎吾はちらっとケイを見やり、片手で口を覆った。

「な、なに、どうしたの」

『ミッキーの耳のにしようかミニーちゃんの耳のにしようか迷うんだけど〜』

「う、うん?」

『だからぁ、ミッキーとミニーちゃんどっちのがいいと思うー?』


あのよくその場のノリで買ってパーク内で付けちゃうあのカチューシャのことか?

「み、ミニーでいいんじゃない?」

『うそ、なんで!?』

な、なんでって…


慎吾は再びケイを見た。
ケイはきょとんとしていたがまゆからの電話だと分かったのかクスッと笑い、椅子から立ち上がった。


「な、なんでって別に理由なんかないけど」

『ミッキーもかわいいんだよー』

「じゃあミッキーにする?」

『ミニーちゃんもかわいいのー!』


じゃあ2つ買えばいいじゃん…!と言う言葉は飲み込んだ。



まゆとのミッキーミニー談義を続けていた慎吾に、頭から影ができた。

頭を上げると、三度目のケイの口唇。



ちゅ







『慎吾ー?』








聞こえたんじゃないだろうか。


慎吾の唇がきゅと強張る。


ケイはニコッと笑い、慎吾から離れた。


『慎吾?』


じゃあまたね、と唇が動き、手をひらひらと振ってケイは自習室を出て行った。


『慎吾ー?おーい』


「まゆは女の子なんだからミニーちゃんにしたらいいと思うよ!」

『…なるほど。確かにー!慎吾スッゴぉーい!うん、じゃあミニーちゃんにするね!じゃね!』



そう言って通話は切れた。

慎吾は携帯を握りしめたまま、自分の唇に指をやった。


そこには柔らかい感触と、濡れたそれが存在していた。




ふと目を落とした原稿用紙には、いつ書いたのか几帳面な整った字で






「二人の秘密だね」




と書いてあった。


慎吾は慌てて消しゴムを掛けたが、それでも何だか胸に残るもやもやは消えないなあ、と頭をかいた。










END