喉から手が出るほど欲しい

「あ、あのー、すいません」

阿含が後ろから聞こえる声に振り返ると、そこにはオドオドと阿含を見上げる少女、なまえがいた。
彼女の手には小さな袋。

「これ……貰ってくれませんか」
「あ?」

顔があまり気に入らなかったのか阿含は、外面を取り繕わずになまえを睨みつけた。
なまえは怯えずにグイ、と阿含に押し付ける。

「捨ててもらって構いません、受け取ってください」
「はあ?」

なんだこいつ、頭おかしいのか、と阿含が顔をしかめるとなまえは阿含の手に無理矢理持たせ、走って行く。
本当になんだったんだ、と近くのゴミ箱に小さな袋を押し込んで、良い女いねえかな、とブラブラ歩き出した。




阿含は、目の前でジンジャーエールを飲んでいるなまえを見ながら去年のバレンタインデーを思い出す。
なまえは現在、まあ色々あって阿含の彼女になったのだった。阿含があの時の小さな袋の事を問い詰めると、なまえは唯の友人にあげるチョコレートのあまりだと言った。

「ほら、一個余るとなんだか寂しいから、取り敢えずなくなるなら、なんでも良かったの」
「フーン」
「阿含はあんまり甘い物好きじゃなさそう」

だからチョコは、作ってないの。阿含は欲しかった?
別に、いらねえ。

阿含は彼女にベタ惚れであった。
欲しい。なまえが作ったチョコが、喉から手が出るほど欲しかった。なまえは普段から中々プレゼントというものを渡したり作ったり買ったりしない。
自分から欲しいと言い出せない阿含にとっては、バレンタインデーはなまえからの手作りチョコを貰える絶好のチャンスだった。
しかし、なまえはチョコを作っていなかった。


「だと思った!だから、カップケーキ作ってみたの。阿含は苦いのなら大丈夫そうだからビターチョコチップ入りの。貰ってくれるかな?」

阿含は緩む頬を抑えきれず、少し嬉しそうにニヤニヤと笑って、なまえの差し出した小さな袋を受け取った。







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