ポアロと言う名の喫茶店にやってきたのは、ほんの出来心だった。ここ最近、わたしはとあるひとに夢中になっているのだ。
頬を薄く染めながら甘いカフェオレを飲む女子高生たちに囲まれる。右も左も高校生。ほんの少し前までそんなことはなかったのだが、どうも新しい店員がやってきたのでそれ目当てのようである。
しかし残念ながらわたしはそうでない。
きょうはこないな。
残念に思いながら席を立って会計を済ませにレジに向かう。
「ねえねえ、お姉さん」
背後から声をかけてきたのは小さな小さな男の子だった。整った顔の彼は、わたしのズボンを優しく引っ張ってしゃがませてきた。
「どうしたの? コナンくん」
この子との付き合いはそこまで長くない。けれどこうして耳を傾けてしまうのは、彼に大層興味があるからである。
と、せめてでも平静を保つことができたらよかったのだが、どうやらこの子にわたしは弱いらしい。
しゃがんで彼と視線を合わせて首を傾げた。なんと言ったってわたしはこの子に会いにきたのだ。
「あの事件のことなんだけど」
彼はどうやら様々な事件に興味があるらしく、たまにわたしを見かければそうやって聞いてくる。
「なんのこと?」
だから逆に聞き返してやるのだ。すると彼はムスッとしてみせて、「ズルい」と呟く。そんなきみはとてもズルい。
「このあいだの強盗事件だよ。お姉さんなら、もうすでに調べているよね」
「ニュースしっかり見ているんだね、えらい」
彼はこども扱いすると拗ねる。その様は、あまりにも幼くて、年相応で、だけどどこかまだおとなすぎる。
「そうじゃなくて、」
そして彼は上目遣いで聞いてくるのだ。あまりにもそれはやはりズルい行動で、わたしは自分になんとか言い聞かせて精神を整える。
「あのね、いつも言っているけど、そう簡単に教えちゃいけないものなの」
「でもお姉さん、いつも教えてくれるよ」
う、それは……。
思わず弱音、いや本音が出てきそうになったが、なんとか堪えて反撃のことばを探す。
「お姉さんのこと困らせないで。この前それで危ないところだったでしょ」
ほらほら、とわたしは会計も済ませてしまったので膝を伸ばした。彼はそんなあ、と眉を下げて残念そうにする。潤んだように見えるその瞳には本当に困りものである。
「じゃあね」
わたしはできる限り颯爽と喫茶店を出た。チリンと甲高くてかわいらしい音が鳴ってすぐに同じ音色があとを追った。次いで後ろから軽やかな足音が聞こえ、わたしの目の前に手を広げて「待って!」と彼は行く手を阻むのである。
そして彼はわたしに抱きついた。柔らかくて小さなからだで。
息が詰まる。今まで何度だって彼と話したことはあったが、こうして肌が触れることはなかったのだ。ましてや彼の感触を知るほどなど願って仕方ないものである。だからそっと抱きつく彼の頭を撫でた。それさえも柔らかく、そして指通りもよかった。かわいい子を食べたいと表現されることがあるが、まさにこれだった。
「おねえさん」
ああ、少年。そんな目でわたしを見てくれるな。
「だめ……?」
喉を鳴らして甘えた声をださないでくれ。
「おねがい」
わたしはきみという存在がダメなのだ。
ひとしきり彼の駄々っ子を堪能してからひとつだけため息をつく。
「資料、家にあるから」
「ほんと? おうち行ってもいい?」
「いいけど見たらちゃんと帰るんだよ」
「うん!」
自然と手を差し出して彼の手が繋がれるのを待つ。コナンくんはわたしの手を瞬間的に眺め、わたしの顔を見上げ、繋ぐ前に口を開いた。
「ごめんね」
そうやってきみは、満面の笑みで謝るのだ。
宇佐さま
「小悪魔なコナンくんにメロメロなお姉さんの話」とリクエストを頂戴いたしました。
うぐぐ、コナン夢書きたいけど書けない勢なのだが……! と投票にコナンくんの名前を使ったことを少し後悔しましたが、書いてみたら楽しかったです。
ニヤニヤしながら書いてました、新しい楽しみ方を知るきっかけをくれてありがとうございます。
そしてなによりも企画にご参加いただきましてありがとうございます。また機会がありましたら、よろしくお願いします。