ハルさま 
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 さて、こいつとの関係はどうしたものか。

 自分の存在も、組織のことも、この関係にも、そろそろ決着をつけなければならないときだった。

 ノックとして組織に潜入していたが、どこか気になる女がいた。
おそらくそれは世にいう「すき」という感情で、組織の壊滅に向かっていることは喜ばしいことであるのと同時にどこか引っかかる。
なぜこの女性に感情を持つことになったのかは、正直定かでない。

 ともかく基本的に四六時中うるさいのである。
どこにいても楽しそうで、笑顔で、本当にこの組織の人間なのかと疑うほどだ。
初めこそはただうるさくて鬱陶しいとさえ感じていた。
それがどうだ。
なぜ手にいれてしまったのだろうか。

 いまは隣で、不用心に寝息を立てて寝ている。
恐らく、ぼくが逆の立場であればそんなことは簡単にしてみせない。

 運命というのは不便で、簡単に変えることができない。
むしろ彼女との運命は元々決まっていたもので、それでも手に入れたくなったが――。
こうなっては本末転倒だ。
いや、理解していたが、信じたくなかっただとか、変な思考のねじ曲げを起こしていた。

 ときが迫っている。考えれば考えるほど、決まりきった今後の成り行きに、息をするのもやっとになる。

 どうしても時間がほしい。
そう言って彼女に時間をとってもらったのは、組織の全てを終わらせる予定日の一週間前だった。

 どちらの都合もそう簡単にはつかず、やっとのことでとれたのは人が眠る時間だった。

 世界の終わりでも迎えようとしている。
現実味のないことばを理解する日がくるなど、予想もしていなかった。

 細くて真っ直ぐなまつ毛が動いた。
黒い円がぼくを覗き込んで、「ん?」と音を発する。
そうして何も知らないそれは、三日月になって笑い声と共に揺れる。

「きょう、変だよ」

 そう、彼女は何も知らない。

「あなたこそ、随分ときょうは静かですね」
「それ嫌味?」

 ぼくは彼女の負の表情を見たことがない。
なのに、どうしてきみは、眉間に皺を寄せ、心配そうにぼくの顔を覗き込むんだ。

 お互いに薄く笑い合った。
こうして恋人らしく、仲睦まじく笑むのはこの日が最後だ。

 できることなら自首をすすめたいところだが、そんなことをすれば怪しまれるに決まっている。
ただでさえ、きょうは無理を言って会ったのだ。
それだけでもリスクがあるというのに、日本と彼女を天秤にかけるなどどうかしている。

 どちらからともなく笑いを終えると、なんとなく冷たい空気を含みつつ、ぼくらは暖かくて残酷なキスを交わした。



 無事、組織壊滅後に登庁したところ。
いや、それよりもしばらく後になるのか。
少し忙しさに力を借りて、彼女のことを忘れていた。
実際には忘れるほどに懸命に仕事に励んだわけだが、それはつまり懸命にやればやるほど彼女のことを思い出すことと同じで、この地獄は果てしなく、いやむしろ仕事の度に牢屋にぶち込まれたであろう彼女に思いを寄せるのも、ドラマのように叶わぬ恋をする青年の気分を味わえて良いのかもしれない。

 少し落ち着きを取り戻したために、随分と前よりも暇になってきたある日、上司に呼ばれて扉を開ければはいった先の椅子に見慣れた人物がいた。

「はじめまして」

 バッチの階級は――警視正。

 背筋がひとしきり冷えたところで、その女性は音が鳴り響くほどに頭を本で叩かれた。

「いったーい! なにすんのさー!」
「わたしの席だ、どきなさい。それも返しなさい。相変わらず手癖が悪い」

 彼女の襟元についたバッチをさっさととった本物の警視正は、子供をあやす様に、仕方なさそうに、彼女の両腕に手を通して立ち上がらせる。

 そうだ。
警視正なんてそう何人もいるわけがないのだ。
警視正と呼び知った彼はこれまた仕方なさそうにため息をつき、しかしながらどこか顔に綻びを見せて席についた。

「……失礼ですが彼女は」
「わたしの姪だ」

 用意された答えに表情が固まったのがわかった。
はたしてそれを彼が見破ったかどうかは定かでないが。

「そのひとのこと、おじさん何も教えてくれないんだもん。そこに写真があって驚いたよ」

 警視正の机から一枚の紙を引っ張り出すと、それをぼくに見せた。

「仕方がないだろう。機密事項だ。ほら、仕事に戻りなさい」
「はーい」

 ふてぶてしく自身の持ち場に戻ろうとした彼女は、足を止めて振り返った。

「降谷さん」

 目の前まで足を運んできて、ぼくを見上げる。

「相川優奈です。よろしくお願いします」

 そこにあったのはよく見た笑顔だった。
どこかいつも以上に嬉しそうにしている気がしたのは、おそらく気のせいではないだろう。

「降谷零です。よろしくお願いします」

 もう合わさることがないと思っていた手が合わさった。指が絡み、幼児のように熱い温度が、現実であることを示していた。

 ぼくはそう、彼女がノックであればと幾度となく夢見ていた。





ハルさま
お待たせしておりました。
リクエストいただいていた「バーボンと恋仲で、気づいていないがお互いに公安のノックである。最後は正体を知り、ハッピーエンド」という内容。
参加していただいたのに精一杯がこの程度……!
悔やまれます!
参加していただきましてありがとうございます。



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