唯さま 
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「君がまさか、こんなに近しい人間だとはね」
「二度あることは三度あるみたいだし、またあるかもしれないねえ」

 僕たちは、毛利探偵事務所から離れた喫茶店へと場所を移動させた。わざわざ彼女と会う時間を作った理由は特になかった。その場に居合わせた蘭さんが、「ふたりがお知り合いならゆっくりされたらどうですか」と気を使ってくれたからだ。無下にするわけにもいかないし。

「そういえば、恋人とか、大丈夫なのか」
「ん? ああ、大丈夫。いないいない」

 彼女はパッパと手で空気を払った。ほしそうにも見えない。

「結局、君の色恋沙汰は全てただの噂にすぎなかったな」
「なんやかや言われたのなんて見た目がけばけばしかったからでしょ。実際はこんなに真面目っこだったのになぁ」

 唇を尖らせてはいるものの、ひとつも傷ついた様子はない。

「憧れていたからこその噂、だろうな」
「良いものか、はたまた悪いものか」
「さあね」
「それでいうとふ……安室さん、はさ」

 まだ慣れない呼び方に少々の引っかかりを見せると、恥ずかしそうに彼女は笑った。

「さん、だって。私が」
「別に呼び捨てでも」
「いやなんか、まるで別人みたいじゃない」
「別人?」
「そう。だって、安室透でしょ、あなた。顔は一緒みたいだけど」

 肩を揺らして笑いだした彼女を、僕は茫然と眺めた。そんなに笑うようなことだったろうか。ついに「はー、おもしろ」と笑い泣きまで発展したものだから、さすがにそれは笑いすぎだと顔をしかめる。

「そこまで笑うことじゃないだろ」
「笑うよー。私の知ってるひとじゃないもん。いやぁ、でも、がんばってんだねぇ」

 ひとしきり笑い終えると、彼女は満足したのか一息ついてコーヒーを口にした。

「相川もがんばってるじゃないか」
「……私なんて、色々諦めた末路がこれよ」
「諦めたって、」
「私、安室さんじゃない方に憧れてたんだよね」
「僕のどこにそんな」
「いや、大いにあるっしょ」

 くしゃりと彼女は笑った。ああ、この顔、髪の毛だとか雰囲気とか、例え変わったとしても、これだけは本当に変わらない。

「私、頑張れなかったんだよ。最後まで。なりたいものに、なれなかった」
「それでいま弁護士?」
「そうだね」
「高い目標だったわけだ」
「……そうだね」

 彼女は少し間をあけてから、そう頷いた。

「安室さんは知らないかもだけど、私の家、厳しくってね」

 ぽつりと話始めたその表情は、昔みたいに輝いたものではなく、悲愴な面持ちだった。コーヒーカップを傾け、黒く濁ったその液体をカップのなかでもてあそぶ。

「中学生のころから家に反抗してたの。部活に入るなと言われていたのに入ったり、それこそ見た目とかもあんな恰好していたのはただの反抗期でさ。いまはこうやって落ち着いたけど」
「それと憧れるのと、何が関係あるんだよ」
「孤高で、自我を貫き、決して力で威嚇をしない。努力の塊なところが私には光って見えたよ。他の人もきっとね」
「で、目標っていうのは?」
「自由になること」
「自由?」
「そう。自分のすきなことをやって、自分のすきな仕事に就いて――――好きなひとと恋をしたい」

 それってつまり、好きなことをすることも、仕事をすることも、恋をすることも、できなかったということだろうか。

「現在の進捗は?」

 だがしかし、彼女がそんなことでへこたれるような人間でいないことは、とっくの昔にわかっているわけで。
 聞いてみたら、バレてたか、とでも言うかのように彼女は薄く笑った。

「……残りは恋をすること、だけかな? これがなかなかに大変で」
「ひとり、いい人を紹介しようか。君の昔の友人として」
「ふーん、なんてひと?」
「安室透」

 教えてやれば、彼女はきょとんとして見せた。しかし、意味がわかったのかにんまりと笑んで、さらに堪えきれずに肩を揺らした。

「あー。なるほど、昔の友人として、ね」
「どうだ?」
「じゃあ、”安室さん”に聞いてみようかな? 好きなタイプは?」
「自分を持っているひと」
「ご趣味は?」
「そうですね、車、とか?」
「へー、意外。あとは、そうね。追々ってことで」

 彼女は携帯電話を取り出して、自分の連絡先を僕に見せた。

「どう? 私っていう物件は」
「では”あり”ってことで」
「あ、待って待って。”あり”なのはありがとう。でも、いつか別れようね」

 いつか。それを定めないのは、僕のこの顔がいつまで必要であるかわからないからだろう。彼女はとんでもなく察しが良いようだ。

「お別れがくるのはさみしいかな」
「大丈夫。そのとき、まだ私たちの気持ちがあれば、彼と恋をすることはきっとできるよ」

 ほらまたそんな、君は決まってもいないことをそうやって予言するんだろう。きっとそうなるから、困るんだな、これが。
 僕は君の自信たっぷりなその姿が嫌いじゃなくて、だからこそ繋ぎとめたくて仕方がない。




5年越しで大変申し訳ございません……
見てらっしゃらないかとは思いますが……がぁ……



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