彼と出会って五年。恋人となって数ヶ月。いや、一ヶ月ほどだっただろうか。
恋人らしいことと言えば、いまのようにこうしてどちらかの家でくつろいでいることで、ああ、そうそうセックスなんてものはとっくに済んでいるのだから、おとなと言うものはときめきを求めないものなのかと不思議に思う日々を過ごしていた。もしかするとこの赤井という人間がそうなのかもしれないが。
聞きなれた携帯電話の音が鳴った。わたしのではなくそれは彼の携帯電話で、よく通る女性の声が英語でペラペラとなにか向こうで言っているのがわかった。内容ほどは聞こえてこないが、FBIがなんとかだとたまに単語がでるのだから仕事の話のようだった。
ジョディと呼ばれる彼女とは彼の仕事仲間で、昔の恋人で、なんだかその電話をそばで聞いているととても申し訳ない気持ちになる。普通は別れてしまえば連絡も取らないが、はたして彼らは仕事だから連絡を取っているのか、はたまたお互いに気にしていないのか、それともアメリカやイギリスの人間はそれが普通なのか。あなたとは友だちを介しても取り合わないわ、なんて歌詞を洋楽で聴いた覚えがあるが実際にそういった国のひとはどうなのだろうか。
特に彼がわたしのことでなにか気にした様子を見せたことはなかった。それはおとなだから余裕なのか、そういった態度を隠すのが上手なのか、彼のことを恋人としてはまだよくわかっていないわたしには未知数だった。
たしかに、楽なのだけど。
なにかが足りなかった。わたしのほうこそ、彼に対して無頓着な態度をとっていた。とくに束縛するでもなく、とくにわがままをいうでもなく、とくに嫉妬するでもなく。それは長年の仲間だからなのだろうが、そういった仲から急に恋人となるのはなんだかとても不思議だった。
告白とかいうたしかなものはなくて、「付き合う?」「付き合うか」なんていう軽いのりみたいなものでお付き合いを始めたものだから、どちらがどちらの言葉を発したのかわたしは覚えていないし、お互いに一応は付き合っているという認識はあるのだな、というぐらいだ。客観的に見てみればなんと悲しいものだろうか。
なんだかなあ。
不満がこんなにもはやく募るだなんて、誰が想像しただろうか。
英字で書かれた新聞紙を手に、直近のニュースを眺めた。が、それにも飽きて折りたたんだ。そこらへんに放り投げ、ここ最近ではなることのない携帯電話をいじくる。
ちょうど彼のほうは電話を終えたようで、わたしの頭をくしゃりと一撫でしてから放り出された新聞紙を手にとった。
と、ここでわたしの携帯電話が鳴った。赤井とは違う意味での本当の仲間で、同じ社会で生きている。仕事上、赤井ともあったことはあるが、わたしほど詳しくは知らない。
「もしもし? きょうの夜空いてる?」
出た途端に切り出されたのは本日の夜の予定。
「あんた懲りないのね。いかないってば」
「えー、そこをなんとかー。女の子そろえるの大変なんだってば」
駄々をこねる同僚に苦笑しながらなんとなくあしらってやる。自分の携帯電話が鳴ることは珍しくて、よく考えてみれば赤井の目の前で鳴ったのはきょうが始めてかもしれない。
「ははは、まあ苦労したまえ」
「最近、付き合いが悪いぞー」
彼氏という形がある手前、そういうところに顔を出す気にはなれない。まるで魔法にでもかかっているかのようで、人間変わるものだなとひそかに関心していた。
「まあ、そう言わない、で……」
足につー、と指が触れた。あまりのくすぐったさに息を飲んでいたずら者を見下ろす。
「ん?」
「なんでもない。まあ、きょうは忙しくていけないから」
「また誘う」
「はいはい」
挑発的な目だった。この男はこんなことをしてくるようなやつだっただろうか。
通話を切ってから彼の頬を撫でた。滑らかな肌は舐めたくなるほどきめが細かい。
「なにし出すの」
「大切にされたいんだろう」
わたしは一瞬、目を丸くした。それから薄く細めて、ほんの少し前の彼とのやりとりを思い出す。
ああ、そうだ。思い出した。
わたしが男に怒鳴られているところに赤井がやってきたのだ。「アバズレ」「ビッチ」と呼ばれながらその場を去った男性を、ふたりで一緒に眺めていたように思う。
ーーもう少し自分を大切にしたらどうだ。
ーーじゃああなたが大切にしてよ。
ほんの少しの沈黙に、彼はややあってから笑ってみせた。彼の笑顔は見たことがなかった。
ーー自分の女にしか大切にできない性質でな。
ーーじゃあ付き合ってよ。
ーーああ、そうだな。
なんてそんな軽い話だったのに、あなたはわたしを大切にしてくれているのね。
「意外と覚えているのね」
「約束は守らないとな」
わたしたちはちっとも甘くないキスをする。
だけどそれはいつもよりなんだか熱い。
「らしく、ないんじゃない」
「それはどうかな」
大きなソファーにふたりで倒れる。覆いかぶさるように襲われて、それから彼は跨って見下ろした。
「たまにはいいだろ?」
彼の向こうにある時計は昼の十時だった。
「またよそ見か」
そしてまたいつもと違う唇でわたしをついばむのだ。
ゆきさま
「嫉妬する赤井さん求む」とのことでした。
お待たせして申し訳ないのですが……。出来上がりがクソで大変申し訳……ありません……。嫉妬の話はだいすきなのですが、これって嫉妬っていうのか、おい、みたいな感じですね。
こんなものでよければもらってください。
参加していただきありがとうございました。