ユウさま 
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 新しい服を買いました。理由なんて特にありません。ただ、彼に「かわいい」だとか「似合ってる」だとか、褒められたくて、彼を想って買っただけなのです。

 滅多と家に帰らない彼が、珍しく帰宅予定を教えてくれた。付き合ってすでにそれなりの時間が経過しているが、これは本当に珍しいことで、そんな連絡をくれたならご飯でもつくっちゃおうなんて心身を捧げたくなるのが女の性である。

 それならばと新しい服を紙袋からだして、頬を綻ばせながら着替えて彼の家へと向かった。

 ばかな期待を抱いていたことはわかっていました。それでもあなたの笑みが見たいと思うのはわがままなのでしょうか。

 手のこんだ料理をラップで包み、テーブルに並べたままの状態にして置いていた。例えば彼が帰ってこなかったとしても、あしたになっても帰ってこなくても、また適当に彼が気づく前に捨てればいいだけのことだ。

 無理に食べてほしいわけではなく、ただ彼の笑顔が見たいだけなのです。

 楽しみにしすぎて疲れたのか、ソファーのうえで眠っていた。朝日に目を細めていると、玄関から扉の開く音がした。寝起きの悪いわたしはいまだごろごろとするだけで、現実の音を全て気のせいにしてしまった。

「なにやってんだよ」

 久しぶりに聞いた声でやっと目が覚める。目の前の彼の顔は、機嫌の良さそうなものではなかった。むしろその逆というか、なんというか。

「あ、帰るって、言ってたから」

 薄ら笑いをしてみせると、彼は大きなため息をついた。

 そんな態度をとられることはなんとなくわかっていた。自分のテリトリーに入られるのなんて彼が嫌がりそうなことだ。それでもこうして勝手なことをしたのはわたしの意志である。いや、わがままだ。

「絶対じゃないだろ、それにこんな格好で」

 言われて初めて気がついた。新しく買った服はしわしわになっていて、汚れはないもののみすぼらしいものだった。寝ている間に着崩れた様がよりいっそうみっともなさを増している。

「そうだね、ごめん」

 あなたはわたしのことを正直者だと言っていましたが、どうやら笑顔だけはとても得意みたい。

「風呂、はいるから」
「うん。仕事で疲れてるもんね」

 風呂場に消えていった彼の背中を眺めてから、気づかれなかったであろう食材を片づけはじめた。

 食べられなかったものは全てゴミ袋へしまった。皿はきれいに洗ってさっさと片づけた。彼が戻ってくるよりさきに、隠蔽する必要があったのだ。「勝手なことをするな」と呆れられるのが怖かった。

 そそくさと帰り支度を済ませて彼の家を出た。顔はいまだに貼り付けた笑顔のままで、なかなか剥がれない。

 少しでも、幸せそうにしてくれたら嬉しかったんです。喜んでもらえないことを悲しむのは、わたしのわがままがすぎるのでしょうか。



 長い長い髪を切りました。

 ちょっとやそっとじゃ気づかないだろうが、さすがにこんなに短くすれば誰でも気がつくだろう。

 たまのデートだった。とはいえ、彼の仕事上、堂々と遊べるわけもなく、もちろんおうちデートとやらだったのだが、わたしはそれで構わなかった。彼と会えることがなによりもうれしいのだ。それでも欲張ってわたしにご褒美を与えたかったものだから、こんなに髪の毛を切ってしまったのだ。

 彼が家へやってきた。部屋はいつもよりぴかぴかに、念入りに掃除機をかけて、髪一本残さないようにした。食材だって切らすことのないように、冷蔵庫には珍しくぱんぱんにはいっている。

「いらっしゃい」

 これが本当の笑顔なの。ねえ、髪型変えたんだ。

 あなたにも笑ってほしいから、だからわたしはいつも笑顔でいるんです。そんな心理、わかってくれなくても良いけれど、いつになったらあなたは笑みを向けてくれるの?

「ああ」

 目も合わせないですぐに部屋へあがった彼は、特になにを言うわけでもなく奥にはいっていった。

 わたしは、あなたを喜ばせるためになにを喋れば良いでしょうか。ごめんね、なにもわかれなくて。

「ごはん食べた?」
「食べた」
「あ、そうだ。お菓子つくったんだけど」
「食べれないんだから作るなよ」

 そうでした、そうでした。あなたはそんな職業でしたね。ばかなわたしを許してください。

「そうだったね、ごめんね」

 笑って見せると、彼はわたしの腕を引いた。久しぶりの口づけは、なんだかとてもねっとりしていて、全然心地よくなれなかった。

 おかしいよね、わたし。彼のこと大好きなはずなのに、なんでこうなのかなあ。

 それから、彼の気が済むまでセックスした。不思議な話で、さっきのキスと違って気持ちよかった。きっとあなたがわたしの名前を呼びながら、息を切らして小さく喘ぐからだと思う。

 なんだかとても求められてるみたいじゃないですか。だからとても、幸せなの。

 もうすでに日は傾いていた。ベッドで寝転がる彼の背中は素っ気ない。最後に良い思いをしたかった。ただそれだけだった。

「あのね、髪切ったんだけど、どっちのほうが似合うかな?」

 彼の目がこちらを向いた。

「どっちでも」

 どっちでも。

「どっちでも、」

 そう、どっちでも。

「なんだよ、」
「どっちでも、いいよねー、そりゃそうだよ」

 傷ついてないよ。わたしはあなたと居られれば幸せだから。

 例えあなたがわたしにどれだけ興味がなかったとしても、こうして会いにきてくれるだけで嬉しいんだから。

 すきの気持ちが空回りしても、悲しくないよ。

 それでも、たまにはかわいい、なんて言われたくなるのはわたしのわがままだよね、知ってるよ。

「なに、」

 彼の目と初めてあった。続けて開いてくれた口は小さかった。

「なに、泣いてるんだよ」

 恐る恐る自分のほほを触ってみると、彼のいう通り濡れていた。久しぶりの涙に戸惑いながら、言い訳を考える。

 苦しい。あなたのことを考えると、とてもとても、苦しいのです。

 一生懸命に涙を抑えようとしたが、そう簡単にはいかないらしい。顔に力をいれてみるものの、ただ笑顔が作られるだけだった。

「なんで笑うんだよ」

 きょう一番、彼の手が優しくわたしの頬に触れた。

「だって、笑ってくれないから」

 お願い、呆れないで。ただあなたに嫌われたくないだけなの。あなたのため息一つひとつに、こころが苦しくなって仕方がないの。

 彼がわたしの頭を抱えこんだ。包むようなその動作はあたたかく、さっきまで触れていたはずなのにもっともっとあたたかい。

「そんなことで悩むな」

 頭を鷲掴みにしてぐりぐりと頭を撫でる。

 久しぶりに笑顔も作らずポカンと彼を見つめた。少し照れた様子ながらも、申し訳なさそうな表情をしていた。とても苦しそうな顔が、なぜかうれしい。

 自分の顔の力が抜けた。ぐしゃりとなにかに耐えきれずに押されたみたいに潰れた。

「すきなの、かわいいって思われたいの、笑顔がみたいの、幸せそうなあなたがみたい、わたしも幸せがほしい」

 悪かった、悪かった。

 いつの間にか泣きじゃくっていたわたしの背中をテンポよく彼は撫でた。

「かわいいさ、お前はどんなときでも。恥ずかしくて、言えないおれが悪いんだ。そんなときは、叱ってくれ」

 ああ、ねえ、すきよ。わたしだけじゃないのね、ねえ。すきなの。ねえ、ばか。





ユウさま
「すれ違いからの切なく甘いお話」とのことでした。
ご参加ありがとうございます。
なんだか切ない話が9割をしめた気がしています……。
褒めてもらえなかったり、気づいてもらえないことってありませんか?
そんなときの切ない想いがかければなあ、と考えながら書きました。
最後がなかなか決まらず……いつも通りあまり甘くないけど、わたしにとっては甘い、に仕上がってしまいました(笑)
もしよければもらってください。
本当にご参加くださいまして、ありがとうございました。



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