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■ 雨傘くるりと。


 雨が降りだしそうな日だった。
 どんよりとした曇り空。肌にまとわりつく湿った空気を、鬱陶しく思いながら三成が自室で執務をこなしていると。
「やれ、三成よ。神の娘と共に城下町に行ってきてはくれぬか」
「……今からか?」
「左様。われが愛飲している薬酒が、昨夜切れてしまってなぁ。ぬしの他に、頼める者もおらぬゆえ、すまぬが頼まれてはくれぬか」
 やってきた刑部が、入ってくるなりそんな頼み事を持ってきた。
 友である刑部の頼みならば、聞いてやらぬこともない。然し、何故五葉と一緒なのか、眉を寄せる三成に、刑部は笑う。
「なに、ぬしだけで訪れれば、酒屋の店主がぬしを恐れて店じまいを始めるやもしれぬと思うたのよ」
「ふん……、五葉は何処にいる」
「ヒヒッ、すまぬなぁ。神の娘ならば、すでに支度を済ませて門の前でぬしを待ちかねておるわ」
「なに?早くそれを言えっ」
 筆を置いて立ち上がった三成は、笑う刑部を放って自室を飛び出していった。
「ヒッ……全く世話の焼ける」
 ふよふよと浮かぶ刑部は、開け放たれた障子から空を仰いで、やれやれと首を振った。

 豊臣に舞いおりた、神の娘。
 人々からはそんな風に持て囃される彼女だが、三成自身は彼女を“只の人”だと思っている。
 女子にしてはか弱くもない、何処ぞの姫のように淑やかでもない。少々自分自身の事を後ろ向きに評価するきらいはあるが、それは五葉に言わせれば“現代病”みたいなものなのだという。
 異世界の人間とは、ずいぶん難儀な病にかかっているのだな、と刑部が笑っていたのを覚えている。
 女は女らしく、と。そう考えられる戦国の世では、あまり受け入れられない女であるかもしれないが。然し、三成は、そんな彼女のことを決して嫌ってはいなかった。
「三成君、そんなに急いでどうしたんだい?」
「こ、これは半兵衛様っ!」
 廊下の角を曲がれば、そこにいたのは三成が敬愛する豊臣の軍師。不思議そうな彼に頭を下げて、刑部に頼まれた内容を告げれば、彼は優しげに微笑んだ。
「そう。五葉君も毎日城にいては疲れてしまうだろうし、たまにはいいかもしれないね。ゆっくりしておいで」
「は、……はい」
「ああ……、そうだ。良かったらこれを持って行くといいよ」
 そう言って半兵衛が手渡したのは、一本の傘だった。
「雨が降り出しそうだからね。三成君はいいかもしれないけど、五葉君は身体を冷やしたら大変だろう?」
「しかし、これは半兵衛様の物なのでは?」
「僕のは別にもう一本あるから、気にしなくて構わないよ。ほら、そろそろ行かないと、五葉君が待っているんじゃないのかい?」
「は、それでは、失礼します!」
「ああ。……楽しんでおいで」
 平時の三成であれば気がついただろうか。何故、半兵衛がこんなにも都合よく傘を持っていたのか。何故、傘が一本だけなのか。……半兵衛が優しげに微笑う時は、何かを企んでいる時だということを。
「さて……これで少しは進展してくれるといいんだけどね」
 ふう、と息をついた半兵衛の呟きは、誰もいない廊下に溶けて消えた。

「五葉!」
「ああ、三成」
 門の前で、門番となにか言葉を交わしていた五葉は、三成が声をかけると振り返って微笑んだ。
「……待たせたか」
「いや、それほど待ってないよ。大丈夫」
 気にしないで、と言った五葉は、走ってきたせいで乱れた三成の前髪に触れた。
「そんなに急がなくてよかったのに」
「例え貴様でも、待たせるのは癪に障る」
「三成は真面目だね」
 はい終わり、と、髪を直していた五葉の手が離れるのが寂しいと思ってしまったのは、一瞬の気の迷いだったのだろうか。
「……行くぞ」
「お供しましょう」
 軽口を叩いて、二人で城下町へと歩き出す。ほんの少し、ほんの少しだけ普段より歩みを緩めてやれば、それに気がついた五葉が嬉しそうに笑った。

「無事に手に入ってよかったね」
「ああ」
 刑部に頼まれた酒瓶を手に、人が行き交う城下を歩く。
 嬉しそうに、楽しそうに。キョロキョロと辺りを見回している彼女も、やはり外が好きなのか。
「三成は、あんまり城下に来ないんだっけ?」
「……人混みが煩わしい」
「ああ、じゃあ私と一緒だ」
「そのわりには、楽しそうではないか」
「楽しいよ。隣に三成がいるからね」
「……心にもないことを言うな」
 に、と口元を歪める五葉に、ぶっきらぼうに言葉を返す。顔が熱いのは、この生暖かく湿った空気のせいか。
「ちょっと天気は悪いけど、デートだね、デート」
「でえと?何だそれは」
「逢い引き?」
「あいっ……!?」
「あ、三成、あそこの甘味屋さんで刑部さん達にお土産買っていこうよ」
 とんでもない台詞をさらりと投下し、さっさと先に進んでしまう五葉に頭が痛くなる。
 わかって言っているのか。それとも考えなしの発言なのか。後者だったらより悪い。
「貴様、そのように軽々しい言葉を、私以外の人間にも吐いているのか」
「まさか。三成にしか言ってないよ」
「……私以外の人間に吐く事は許さない」
「(三成に言うのは許してくれるわけだ)」
 そうして団子や饅頭を受け取る五葉を見つめていれば、頬に当たる冷たい雫。
 なんだ、と空に視線を向ければ、ぽつりぽつりと、真っ黒な雲から落ちた雫が二人を濡らした。
「ああ、降って来ちゃったね」
「半兵衛様から渡された傘がある。貴様が使え」
「それじゃ三成が濡れちゃうでしょ」
「私は構わん。雨など気にしない」
「私が気にするんだって」
 店主が気を遣って、風呂敷に包んでくれた土産を片腕に、菫色の傘を開いた五葉は、有無を言わさず三成をその傘に入れた。
「これなら二人とも濡れないでしょ?」
「ば……っ、馬鹿か貴様!女と同じ傘に入るなど……!」
「大丈夫、私は気にしないから」
「私が気にするのだっ!」
 先程のやり取りを繰り返し、傘を抜けようとする三成の腕を掴み、今度は五葉が先に歩き出す。
 どうやら折れる様子のない彼女にため息を吐いた三成は、五葉がさしていた傘を強引に奪った。
「ならば私が持つ。貴様の速度に合わせていたら、陽が暮れる」
「え、いや、お酒も持ってるんだし、いいよ。私が……」
「うるさい、少し黙っていろ」
「……はい」
 しとしと、しとしと。雨が降る音を聴きながら、三成はちらりと隣の五葉を盗み見た。
 じっと前を見据える眼差しは真っ直ぐで。歩みに合わせて、肩が触れ合ってしまう度に、ドキリと鳴る心臓が煩かった。
「私の世界では、相合い傘っていうんだよ、こういうの」
「……」
「夢だったんだ」
「……そうか」
 城へと続く道が、もっと長くあればいいのに。
 何故だか三成は、五葉も同じ事を考えているような気がしてならなかった。

 城に帰りつき、その辺にいた女中を捕まえて手拭いを貰った五葉は、何よりも先に、雨に濡れてしまった三成の肩を拭いた。
「私より先に、自分を拭けばいいだろう」
「風邪ひいたら大変だからね」
「……それは私の台詞だ」
「わ、……っ!」
 五葉の手にある手拭いを奪い取り、彼女の髪を乱暴にぬぐう。
「貴様も女なら、少しは厭え。あとで刑部に叱られるぞ」
「刑部さん、意外と過保護だからね」
 そう言って笑う五葉と目が合って、三成もほんの少しだけ口元に笑みを浮かべた。
「また、一緒に行こうね。今度は天気のいい日にさ」
「……付き合ってやる」
 雨空の下よりも、ずっと。太陽に照らされた五葉を、見ていたいと思うから。

「仲良きことは美しきかな……、だね?吉継君」
「ヒヒッ、あの三成も、笑える男であったか。人は変われば変わるものよ」
「……我らが案じずとも、あの二人ならば問題ないのではないか?」
「甘いよ秀吉。相手はあの三成君だ。五葉君ひとりに任せるのは荷が重いだろう?」
「左様。なに、われらが影で動けば、三成などいちころよ、イチコロ」
「……」
 密やかに笑う二人を見て、少々五葉と三成が可哀想に思えた秀吉であった。


※まき様へ。
ゆめあと番外で、三成と五葉がお互い片思い、それを見守る豊臣軍。ということで、こんな感じになりましたが、如何でしたでしょうか?
ゆめあと主人公は、好きになってしまえば意外と積極的な子だったりするので、ちょっと攻めの姿勢でいってもらいました(笑)
でも、あんまり引っ付く感じにはさせられなかったんですが……すみません!
少しでも、まき様のお気に召していただければ幸いにございます。この度は、リクエスト企画にご参加いただきまして、本当にありがとうございましたっ!


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