リクエスト企画一覧 | ナノ

■ 幾千の星よ


 周りの家々に、ぽつりぽつりと灯りが点っていく。
 白であり、薄い橙であるその光は、人工的でありながらもどこか温かみを感じさせた。
 夜になれば、ゆらゆらと揺れる炎以外に光がなくなる自分たちの時代では考えられないその代物は、“でんき”と呼ばれているという。
 あの光ひとつひとつに営みがあり、人が存在する証なのだ、と。自分を拾った少女はかつて、寂しそうな顔でそう言っていた。
「おい、猿飛」
「なーに鬼の旦那。俺様、夕飯の支度で忙しいんだけど」
「五葉のやつ、ちっと帰りが遅くねェか?」
「ん?……あ、本当だ。いつもならこの時間には帰ってきてるのにね」
 二階のベランダからリビングにおりて、そこにいた佐助を捕まえる。元親の言葉をうけて、壁にかけてある時計に目をやった佐助は、心配そうに首を傾げた。
 時計の針は7時を指している。外は暗く闇に染まり、まさしく夜という単語が似合う頃合い。
 いくら平和な時代とはいえ、頭のいかれた人間も多少は存在するこの世界で、五葉のような少女がひとり歩くには、少々遅い刻限ではないだろうか。
「心配ならば、貴様が迎えに行くがよかろう」
「あ?……俺がか?」
「フン、暇を持て余している貴様にはお似合いの仕事よ」
「……テメェも心配なら、素直にそう言えばいいだろ」
「黙れ。今すぐに行かねば、貴様を焼き焦がす」
「だぁ、わーったよ!仕方ねェな、行ってくるぜ」
「はいはい、いってらっしゃい」
 ひらひらと、気の毒そうに手を振る佐助も、仏頂面の元就も。どこかホッとした顔をしていて。やはり皆、五葉が心配だったのだな、と元親は思った。

「ごめんなさいね、橘さん。遅くまで手伝わせて」
「……だいじょうぶ、です」
 職員室にて。明日の授業で使う資料の束をようやく運び終えた五葉は、すっかり暗くなってしまった外を眺めた。
「もう真っ暗ね、先生が車で送っていきましょうか?」
「いいです、ひとりで……帰れますから」
 あんな密室空間で、大嫌いなこの担任としばらく一緒だなんて耐えられない。
 お手伝いをしてくれ、と頼まれてどうしても断れなくて、共に過ごしていたこの時間だって嫌だったのに。五葉が首を振れば、でもねえ、と彼女は渋り始めた。
「なにかあったら大変だし、私の責任になってしまうから……やっぱり送っていくわ。片付けたら行くから、昇降口で待っていてくれる?」
「……はい……」
 そう宣言されてしまえば何も言えず。肩を落として、昇降口までの道をとぼとぼと歩き出す。
「みんな、心配してるだろうなぁ」
 こんなに遅く帰ったことは今までなかったし。家から学校まで、それほど距離はないにせよ、なにかあったのでは、と元就や小十郎あたりが考えているかもしれない。
「はやく帰りたい、のに」
 みんなが待つ、あの家に。
 どうして彼女の都合に振り回されなければいけないのか。手伝いだって、クラス委員でもない自分がやらされる謂れはないはずなのに。
 腹立たしい気持ちで、履き替えた靴を踏み鳴らしていれば。
「五葉!」
「!……あ、親兄っ」
「よかった、まだ学校にいたんだな」
 綺麗な銀髪をかきあげながら、五葉を見つけた元親は安堵したように笑った。
「どう、したの?」
「毛利が心配してな。あんまりにもうるせェから、迎えに来たんだよ」
「そうなんだ。……ごめんね」
「気にすんな。毛利だけじゃなく、俺も心配だったしな」
「ん、」
 ぽんぽん、と頭を撫でられれば、心がほわんと温かくなる。
「じゃあ、はやく帰ろ、親兄」
「あ?いいのか?」
「うん、だいじょうぶ」
 どうせあの担任は、このやり取りを柱の影から覗き見ているから。五葉が勝手に帰ったところで、明日は何食わぬ顔で接してくるだろう。
「じゃあ行くか。ほら、手ェ貸せ」
「うんっ」
 元親の大きな手と手を繋いで。顔を見合わせて微笑んだ二人は、暗い夜道をゆっくりと歩き出した。

「あ、みてみて、親兄。お星さま」
「星の光は、世界が変わっても変わらねェな」
 のんびりと、二人きりの静かな夜道を歩く。
 空を見上げていた五葉が指をさせば、隣の元親もつられたように空を仰いで笑った。
「あのお星さまのどこかに、親兄たちの世界があるのかな」
「そうだな……。そうだといいな」
 眩しそうに、焦がれるように、蒼い片目を細める。
「いつか、あの星まで飛んでいけるデッケェからくりを造ってみてェな」
「親兄ならきっとできるよ。わたし、信じてる」
「おう、ありがとよ」
 星間航行は、この世界でだって容易な話じゃない。だけど、元親なら。そんな途方もない機械も、造れてしまいそうな気がするのだ。
 なにより。兵器ではなく、そうした物をたくさん、好きなだけ造れるような世の中に、早く彼らの世がなってくれたらいいのに、と。五葉は思った。
「もしそのからくりができたら、親兄はどうするの?」
「あー……そりゃもちろん……」
 にっ、と笑った元親は、繋いでいないほうの手で、五葉の髪をぐしゃぐしゃに撫で回した。
「お前に会いにくるぜ、五葉」
「わたし、に?」
「おう!幾つもの星をこえてな。嫌か?」
「ううん。嫌じゃない」
 五葉が慌ててぶんぶんと首を降れば、元親は嬉しそうに頷いていた。
「じゃあ、わたしも……」
「あん?」
「わたしも、それに乗って、親兄たちの星に行きたいな」
 元親が、元就が、佐助や幸村や、政宗、小十郎、小太郎。みんなが日々を暮らす世界に。
「俺らの世か。五葉には、ちっと危険かもしれねェな」
「でもあぶないことからは、親兄がまもってくれる、よね?」
「ははっ、そうだな!任せとけ、鬼の宝にゃ指一本も触れさせねェよ」
「ん。だから、みんなの世界にいってもだいじょうぶ」
 どんな世界なのだろう。そこにはどんな自然があって、どんな営みがあるのだろう。きっとそこは不思議で、奇妙で。楽しい分だけ怖いけど、元親がいれば大丈夫だと安心できた。
「おうち、見えてきたね」
「ああ。五葉、俺のそばから離れんなよ?毛利と猿飛が怒ってそうだからな」
「ん、わかった」
「ま、安心しろ。俺らの世界でだけじゃなく、ここでもしっかり守ってやるからよ」
 こくり。頷きながら、握った手に力を込めた。
「あのね、親兄」
「なんだ?」
「またいつか、お迎えにきてね」
「……おう」
 闇に染まる夜の帳も、あなたといれば怖くはないから。またこうして、瞬く星を見上げながら、とりとめのない話をしよう。


※狂歌様へ
虹色番外で、元親兄さんが五葉をお迎えにくる話、ということで。こんな感じに仕上がりましたが、いかがでしたか?
流れを指定して下さったので、すんなり書くことができてすごく楽でした(*´`)
少しでもお気に召していただければ幸いでございます。この度は、リクエスト企画にご参加いただき、本当にありがとうございました!


[ prev / next ]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -