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■ 君に贈る花束


 私が落ちたこの場所には、とんでもない闇が潜んでいた。
「長政、さま……」
「そんなとこで見てないで、行ってらしたらいかがです」
「駄目、なの。市……、お邪魔になる、から」
「……」
 柱のかげにそっと隠れて、長政様の鍛錬の様子を眺めるこの手弱女が、闇の元凶だ。
 恋する女性は可愛らしい、とはよく言ったものだが、これが夫婦のあり方か、となると五葉は正直疑問を唱えたくなる。
 淑やかで、儚げで、そりゃあ積極的になれない理由もわからなくはないが、ちょっと彼女はあまりにも、消極的すぎやしないだろうか。
 そして、離れた場所で剣を振るうあの益荒男。正義正義と声高に叫ぶのは構わないが、それだけではなく、もっと周りに目を配れないものだろうか。
 ツンデレ、といえば聞こえはいいが、それはあまりにも時代を先取りしすぎなのだ。
「(お互いに、好きあってるのはわかるんだけどね)」
 お市が怯えるのは、結局、大好きな長政に迷惑をかけたくないという一心からだし、長政だって彼女に冷たくしてしまうのは、大切な大切なお市に傷ついてほしくないから。彼の場合は、それが思いっきり裏目に出ているのが問題なのだけれど。
「でも、最近全然長政様と話してないじゃないですか。今日でもう三日でしたか?」
「ううん……、五日目」
 五日間も口をきかない夫婦って一体なんなんだ。普通なら、夫婦生活が破綻してもおかしくはない発言に、内心五葉が頭を抱えていると。
「市も、長政様とおしゃべり、したいの。……でも」
 長政様は無駄口を好まないから。そうこぼすお市が、どこまでも可哀想に思えて仕方なくて。
「……そんなことないでしょう、お市様との会話は、無駄口にならないと思いますよ」
「ほんと……?」
「はい。少なくとも、私は無駄だと思いませんし」
 傷つきやすい彼女との会話は、大変な時もなくはないけど。産まれながらに闇を背負い、過酷な環境で育った彼女の支えに少しでもなれるように。“友達”になりたいと、願ったのは自分だから。
「お市様、よかったら、私と一緒に少し頑張ってみませんか?」
「五葉さんと……?」
「はい。そうですね、この機会に、長政様に日頃の感謝をお伝えしてみるっていうのはどうですか?」
「……感謝……」
 噛み締めるように呟いた彼女は、こくり、小さく頷いた。
「伝えたいこと、市もあるの。市と……、一緒にいてくれて、ありがとう、って」
「それをそのまま伝えればいいんですよ。あとは、伝え方ですね。部屋に戻って、二人で考えましょうか」
 促せば、彼女は一度長政様をちらりと見やってから、黙ってついてくる。
 そうと決まれば、考えなければならない。長政が、あとほんの少しでも、お市をちゃんと見てくれるように。

「お市様、見つかりました?」
「ううん……、駄目みたい」
 そうして私たちがやってきたのは、お城の裏庭だった。
 自室で話し合ったところ、どうも彼女は花を贈りたい、と考えていたようで。そこで私が、なんとなく四つ葉のクローバーの話を語って聞かせたところ、彼女が「それがいい」と喜んだので、こうして四つ葉のクローバー探しにやってきたというわけ。
 クローバーこと白詰草は、最初に日本に渡来したのが江戸時代後期と言われている。戦国の世では当然見つからないかと思ったが、なんとまぁ不思議なもので、白詰草自体は既に自生しているのだ。
「四つ葉のクローバーは、なかなか見つからないのが相場ですからね」
「市……、もう少し、がんばってみる」
「はい、二人で頑張りましょう」
 三つ葉や二葉はそこそこ見つかるのだが、やはり四つ葉は簡単ではない。
 然し、やる気になっているお市に水をさすのも申し訳ないので、私も再び腰を屈めた。
「(乗りかかった船だしね)」
 土に汚れるのも厭わず、長政の為に必死になっている彼女を見ていると、自分に出来ることなら、なんでも力になってあげたいと思ってしまうのだ。

「あった……!」
 彼女が声をあげたのは、それからしばらくしてからの事だった。急いで彼女に駆け寄れば、周りの草をかき分けた彼女が、にっこりと笑っている。
「わ、本当だ……。よかったですね、お市様」
「うん。……手伝ってくれて、ありがとう。五葉さん」
「お気になさらず」
 中心に咲いていた四つ葉のクローバーを摘んで、お市はまるで宝石を見るような眼差しでそれを見つめた。
「……ちぃぃ……いちぃぃぃっ……何処にいるのだぁあぁ!」
「あ……。長政様の、声……」
「捜しに来たみたいですね」
 未だに腰を下ろしているお市のかわりに、廊下の端に見えた長政に手を振れば、彼は物凄いスピードでこちらに向かってきた。
「市っ!こんなところで何をしている!!」
「……ごめん、なさい」
「長政様、そう怒らないで下さいよ」
「五葉!五葉が市を連れ出したのか!?」
 五葉に詰め寄る長政を、お市が土にまみれた手でそっと止めた。
「違うの……、長政様。五葉さんは、市を手伝ってくれていたの」
「手伝う?」
「そう……。これ」
 そう言って長政に差し出したのは、摘んだばかりの四つ葉のクローバー。たった一本の花束だけど、お市の気持ちが沢山詰まったものだ。
「四つ葉のクローバー。滅多に見つからない、幻の花ですよ」
「これを……私に?」
「長政様、いつも、市と一緒にいてくれて……ありがとう」
 はい、と。輝くような笑顔と共に手渡されたそれに視線を落として、長政はその厳しかった顔をくしゃりと歪めた。
「そ、それは私の台詞だっ!私は、市と共にいられるのならば、それ以外には何も……っ」
「市も、同じ、だよ……」
 手を取り合って、幸せそうな二人を横目に、私はそっと離れる。繋がった手の間には、小さな四つ葉が日差しを浴びてキラキラと輝いていた。
「四つ葉クローバーの花言葉は、二人には必要なさそうだね」
 くす、と思わず笑みをこぼした私は、見つめあう二人を、しばらく離れた場所から眺めていることにした。

 ――四つ葉のクローバーの花言葉は、「私のものになって」
 然し、そんなものは今更だろう。あの二人の心は既に、お互いのものとなっているのだから。


※しろ様へ。
ゆめあと番外で、お市を幸せにしてほしい!とのことでしたので、がんばって幸せにしてみたつもりなのですが、如何でしたでしょうか?(*´`)
時間軸は特に決めていなかったので、どのへんの話にするか迷ったんですが、やはりお市と言えば、長政様でしょうということで、こんな感じになりました(笑)
少しでもしろ様のお気に召していただければ幸いです。この度は、リクエスト企画にご参加いただきまして、本当にありがとうございましたっ!


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