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■ 好きな物はなんですか?


 奥州青葉城には、それはそれは立派な畑がある。
 隅々まで手入れが行き届き、素人目に見ても新鮮な、元気な野菜が育っているそこは、なんとあの竜の右目が管理しているのだという。
 城内を散策し、ふと思いついてその場を訪れた五葉は、凄いなぁ、と感嘆のため息をもらした。
「誰かと思えば……お前か」
「ああ、片倉さん。お邪魔してます」
 ぺこり、反射的に頭を下げれば、首に巻いた手拭いで汗をぬぐった竜の右目は、仏頂面のままで言った。
「畑に興味があるのか?」
「畑に、というよりは、自然が好きなんですよ。向こうでは、あまり見られなかったもので」
 向こう、という場所が、五葉の居た世界のことだと気付いたのだろう。それは寂しい場所だな、と言った彼は、ほんの少しだけ表情を崩して、苦く笑う。
「お前の世には、自然がねえのか」
「ほとんどありませんね。私が住んでいた場所は特に。地面も建物も、全面が灰色に染まってますよ」
「気味の悪い世界だな」
「この世界の人からすれば、そうでしょうね」
 五葉はもう慣れてしまったが。特に頑固そうな片倉なんかは、五葉の世界に来たら、適応するまでに大変な思いをするかもしれない、と思った。
「……森なんかは、世界が変われば空気も違うものですが、畑は世界が違っても同じですね。注がれた愛情が、ちゃんと息づいてる」
「大袈裟だな」
「でも、悪い気はしないでしょう?」
 そう五葉が意地悪く笑えば、違いねえ、と笑い返された。
「お前の世界でも、野菜は食すのか」
「まぁ、同じ日本……日ノ本ですからね。食文化は、ほとんど変わらないと思いますよ。ただ……私のいた世界のほうが、色鮮やかな野菜が多いですが」
「色鮮やかな野菜か……例えば?」
「トマトとかパプリカとか。赤や黄色の、美味しい野菜ですよ」
「そうか。こっちでも、そういった野菜を作れればいいんだがな」
「私もよくは知りませんが、トマトなんかは南蛮野菜ですからね。こちらでも、あと100年もすれば、育てられると思いますよ」
「100年後か……遠い話だな」
 興味深そうに五葉の話を聞く片倉は、本当に野菜が好きなんだろうと五葉は思った。仏頂面の皺が取れて、瞳がキラキラと輝いていることに、果たして本人は気づいているのかどうか。
「なんか、可愛いですね」
「は?」
「いや、片倉さんの意外な一面が知れたなぁ、と」
「……男に可愛いはおかしいだろう」
「そうですか?そんなことないと思いますよ」
 ああほら、また皺が増えた。
 異世界では定番と化した褒め言葉も、やはり戦国の世ではまだまだ受け入れられないか。
「片倉さんは、どうして野菜を作りはじめたんですか?」
「最初は政宗様の為だった。昔の政宗様は警戒心が強くてな……、出された食事にも、あまり手をつけなかったんだ」
 昔を思い出しているのだろう。穏やかな眼差しで語る片倉の横顔を眺める。
「種から作った物なら、政宗様も安心出来るかと思ってな。他の奴に作らせねえように、料理も、その頃から始めた」
「なるほど」
「今はほとんど趣味みてえなもんだけどな。あの頃の俺は、政宗様のことで頭がいっぱいだったからな」
「けど、そんな片倉さんだから、政宗も全幅の信頼をおいてるんですね」
「だといいんだが」
「大丈夫ですよ」
 竜の右目と称されるならば、政宗の半身も同義。己の半身だと認めているからこそ、政宗も片倉の作った食事に手をつけるのだろう。
「この野菜たちと一緒に、政宗も育てあげたんですね、片倉さんは」
 この畑に植えられた野菜たちが、すくすくと育っているように。どんなときも自分のそばを離れずに、導いてくれた彼がいたからこそ、政宗は奥州を統べる竜へと立派に成長したのだろう。
「本当に大袈裟だな……、五葉」
「でも、悪い気はしないでしょう?」
 違いねえ、と笑った片倉は、ずいぶんと満足げな表情をしていた。


※柊様へ。
ゆめあと番外で片倉と野菜談義……とのことでしたが、ち、ちゃんと野菜談義になってますでしょうか?(´・ω・`)野菜談義というより、ただの思い出話になってしまった気が……!←
こんな感じのお話になりましたが、少しでも柊様のお気に召していただけたならば幸いにございます。この度は、リクエスト企画にご参加いただきまして、本当にありがとうございましたっ!


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