リクエスト企画一覧 | ナノ

■ 心のままに


「……ん?」
 平日の午前中。学校に行っている五葉のかわりに、家の掃除をしていた佐助は、五葉の部屋に落ちていたとある紙切れに目を止めた。
 くしゃり。丸められたそれは、投げ捨てられたように部屋のすみに転がっていた。綺麗好きの五葉にしては珍しいな、と徐にそれを拾い上げる。
「なんだろ、これ」
 くしゃくしゃになった紙をのばし、その中身に目を落とせば。佐助は大きく目を見開いて、微かな笑みを口元に浮かべる。
「本当に……仕方ない子だね、あの子は」
 やれやれ、と肩をすくめて、紙を綺麗に折り畳む。
 残念だけど、今日の掃除はここまでにしよう。そんなことより大切な事が、出来てしまったようだから。
「まずは、右目の旦那に相談かなー」
 そうと決まれば善は急げ。佐助は抱えていた掃除機と共に、しゅるりと姿を消したのだった。

「ただいまー」
「……帰ったか」
「あれ、就兄さま、ひとりなの?」
 その日、五葉が学校から帰ると、リビングには珍しく元就の姿しか見えなかった。普段なら、大体の人間がみなリビングに集まっているはずなのだが。
「そなた、隠し事をしているそうだな」
「かくし、ごと?」
 はて、そんなものあっただろうか。
「あ、きのう幸兄が、就兄さまの大福をたべちゃったこと?でも、それはわたしの隠し事じゃないし……」
「あの虎若子め、あとで焼き焦がす……!」
「(……ごめん幸兄)」
 まずい、とんでもない告げ口をしてしまったようだ。心の中で幸村に謝罪しながら、でも、と五葉は首を傾げた。
「心当たり、ないよ?」
「これぞ」
「あ……、それ」
 わたしの、テスト用紙。小さく呟けば、元就は満足げに頷いた。ぴらり、突き付けられたそれは、五葉が部屋のすみに放り捨てていたもので。
「満点ではないか。誇ればよいものを、何故、隠すような真似をした」
「……だって……」
「何ぞ、はっきりと申さぬか」
「見せても、だれかがほめてくれるわけじゃないし」
 両親に見せたって、自分達の子が満点を取ることは当然だと、五葉を一度も褒めてくれなかった。だからそもそも五葉の中では、テストの結果を誰かに報告するなんていう習慣自体が、根づいていなかったのだ。
「そなたの親が、どうであったかは知らぬ。然し、我らが其奴らと同じように接するとは限らぬであろう」
「そうかも、しれないけど」
「……わかったら、頭を差し出さぬか」
「?こう?」
「うむ。……よく、がんばった」
 元就の言う通りに頭を傾ければ、緩やかな手つきで髪を撫でられた。降ってくる声は、彼にしては驚くほど温かさに溢れていて。
 今まで誰にもされたことのない対応に、少なからず五葉が戸惑っていれば。
「馬鹿な女は好かぬ。これからもそなたは、賢しくあるがよい」
「……ん。がんばる」
「てすと、とやらの結果は、毎度我に報告せよ」
「えー……、わるい点数だったら、見せたくない」
「その時は、我が直々に指導してやろう」
 ふ、と微笑んだ元就は、ようやく五葉の頭から手を外した。そんな彼を見上げて、五葉は根本的なある疑問をぶつけてみることにする。
「就兄さま、でもどうして、テストのこと、知ってたの?」
「簡単な事ぞ」
 戦国時代にテストなんかないだろう、と問えば、元就はテレビを指差す。
「先日真田が観ていた“あにめ”で、てすととやらの話をしておったわ」
「アニメ?なんの?」
「知らぬ。面妖な青いタヌキが出ておったようだが」
「(ドラ〇もん……?)」
 なるほど、と五葉が納得していると、がちゃりとリビングのドアが開いた。
「ふむ、あ奴らも戻ったか」
「え?」
「ただいまー。あ、五葉ちゃん、帰ってたんだ。おかえり」
「お帰りでござる、五葉!」
「二人も、おかえりなさい。ゆ、幸兄すごい荷物だけど……どこか出かけてたの?」
「そ、ちょっと食料の買い出しにね」
 そう答えた彼の手には二つの、そして幸村の両手には五つの、スーパーの袋がぶら下がっていた。
「おい猿飛、そんなとこで立ち止まってんじゃねえ」
「あー、ごめんごめん、右目の旦那」
「ah?五葉、ずいぶん早かったんだな」
「(……今日も、よく頑張ったな)」
「う、うん」
 その後ろからやってきたのは、やはり片手に袋をぶら下げた伊達主従と小太郎で。たくさん買い物したんだね、と五葉が言えば、小太郎が薄く笑った。
「(今日は、特別だ)」
「え、なにかあったの?」
「Yes!testで満点取ったんだろ?」
「だからささやかなお祝いを、ってね。よかったね、五葉ちゃん、右目の旦那と竜の旦那が、夕餉に何でも好きな物作ってくれるってさ」
「何を言われるかわからなかったからな……一応、どんな要望にも応えられるように食料は揃えたつもりだが」
「某は料理など出来ぬゆえ、皆の倍の荷物を持って帰ってきたのだ!」
 ぽかんと、口を開けたまま五葉は固まった。
 わざわざしなくてもいい買い出しに行き、そして料理を作ってくれるという。……すべて、自分の、五葉の為だけに。
「ありがとう……!」
 それしか言えなかった。これ以上の感謝の言葉を思いつかなかった。
 自然な笑みを唇に浮かべ、五葉がそう伝えれば、リビングは暖かな雰囲気に包まれた。
「Hey、五葉、何が食いたい?」
「んと、政宗兄さんが作ったドーナツ」
「それじゃ飯にならねえだろう。まずは夕餉に何が食いたいか言え」
「えっと、じゃあ……」
 小十郎に促されて、考えた五葉は、ぱぁ、と顔を明るくして言った。
「オムライス!」
「あの南蛮料理か……」
「……だめ?むずかしい?」
「いや……、大丈夫だ、問題ねえ。作ってやるから、大人しく待ってろ」
「うんっ」
 とたとた、と早速リビングの椅子に座る五葉の背中を見ながら、ぽん、と政宗が小十郎の肩を叩く。
「……、心配すんな小十郎。俺が手伝ってやる」
「……申し訳ありませぬ、政宗様」
 南蛮料理を作るのは苦手なのだ、とは口に出来ない小十郎であった。

 楽しくて騒がしい夕食も終わり、風呂を済ませた五葉は、デザートに政宗が用意してくれていたドーナツを頬張っていた。
「オムライスもおいしかったけど、政宗兄さんのドーナツ、おいしい……」
「よかったな、五葉」
「うん……」
 小十郎の言葉に頷き、もぐもぐと口を動かす五葉だが、その眼はもう眠たそうで。時折、自然に傾いてしまう体を、隣に座った佐助が支えていた。
「五葉、眠いならもう寝ろ。政宗様の菓子は逃げたりしねえ」
「で、も」
「おい猿飛、五葉を部屋まで抱えて行ってやれ」
「あらら、どうしたの右目の旦那。いつもなら、毛利の旦那と一緒になって叩き起こすでしょ」
「……今日は、特別な日だからな」
 ついに滑り落ちてしまいそうなドーナツを取り上げて、瞼を閉じた五葉に微笑みかけた。その表情を眺めていた佐助は、仕方ないな、と立ち上がる。
「ま、最初に俺様の提案にのってくれたのは、右目の旦那だからね。言う事はきいておくよ」
「悪いな、片付けは済ませておく。くれぐれも起こすなよ」
「わかってるって」
 忍をなめてくれるなよ?と笑った佐助は、軽々と五葉を持ち上げてリビングを出て行った。
「あんなに喜ぶなら……、たまにはこういうのもいいかもしれねえな」
 心の中に五葉の笑顔を思い浮かべて、小十郎は満足げに頷いたのだった。

「よいしょ、と」
 五葉の部屋のベッドに抱えていた彼女を優しく下ろした佐助は、そのあどけない寝顔を見つめた。
「可愛い顔しちゃって」
 幸せそうに眠る彼女は、こうして見ると本当に幼くて。他の人間が五葉を可愛がるのも当然だと思えた。
「ん、ぅ」
「……やば、起こしちゃったかな」
「さ、すけ……さん」
 夢うつつの五葉は、うっすらと開いた瞳に映った佐助を見て、無防備に微笑んだ。
「手、つなご……?」
「へ?」
「……」
 夢だと勘違いしているのかもしれない。五葉のお腹の上にあった佐助の手を握った彼女は、すぐにまた目を閉じて寝息をたてはじめてしまった。
「ちょっとちょっと、五葉ちゃんてば」
 困った、と佐助は眉を下げた。揺らしてもつついても、五葉に起きる気配は見られない。だけど、繋いだ手を離すのも可哀想で。
「……まあ、いいか」
 早々に諦めをつけた佐助は、ベッドに肩肘をついて、薄く笑った。
 自分は忍、一日眠らなくても支障はない。今日はこうして、朝まで五葉と手を繋いでいてあげよう。
「おやすみ、五葉ちゃん。明日も、楽しい一日が待ってるよ」
 明日も、明後日も、その先も。自分達がいる限り、笑顔溢れる日常が途切れることはきっと、ないだろう。


※満羽様へ
虹色の明日への番外で、夢主を甘やかす保護者組、ということで……テストで満点を取った夢主を、みんなで甘やかしてみました。ていうかすみません、ほとんど小太郎出せませんでしたっ!しかもめちゃくちゃ長くなってしまいましたね(´・ω・`)こんなお話でよろしかったでしょうか……?もし少しでも満羽様のお気に召していただければ、幸いにございます(*´`)
この度は、リクエスト企画にご参加いただき、誠にありがとうございましたっ!


[ prev / next ]
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -