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■ この手で。


 五葉が怪我をした。
 戦で、ではない。三成との鍛練中の出来事である。
 神速で繰り出される三成の斬撃を避けきれず、そのまま吹っ飛ばされてしまった彼女は、道場の床にしたたか頭を打ちつけてしまったのだ。
 目を回した五葉が自室に運ばれてから半刻。未だに目は覚めていなかった。
「ヒヒッ、三成よ。神の娘に傷を負わすとは、ぬしも罰当たり者よなぁ」
「……刑部」
 愛用の輿に乗り、ふよふよと浮かびながら三成に追いついてきたその友人は、あの独特の声で笑った。
「あの程度の斬撃、避けられて当然だろう」
「やれ、五葉はああ見えても女子よ、オナゴ。ぬしの太刀を見切れぬほうが当然であろ」
 三成自身、刑部の言うことも理解出来なくはない。
 然し、見知らぬ世界に落とされ、強くなりたいと望む五葉との手合わせで、手を抜いてやるつもりは微塵もなかった。そんな中途半端な優しさは、彼女の為にならないからだ。
「しかし三成よ、このままでは、ぬしにまことの神罰がくだるやもしれぬ」
「……それがどうした。私は神など恐れてはいない」
「ヒッ、そうよな。しかしぬしに神罰がくだれば、それは豊臣にとっても痛手よ、イタデ」
「ならば、どうしたらいい」
 足をとめて、刑部を睨みつけるように訊ねれば、簡単なことだと笑われた。
「なに、見舞いにでも行くがよかろ。目覚めた時にぬしがそばに居れば、神の娘の機嫌も直るというもの」
「……」
 ふん、と鼻を鳴らした三成は、その場に浮かんだままの友人を置いて、再び早足で歩き出した。風のように去り行く三成を見送って、刑部はやれやれと肩をすくめる。
「吉継君、上手くいったかい?」
「これはこれは竹中殿。なに、三成ならば見ての通り」
 そんな彼らを廊下の影から見ていた半兵衛は、今しがた三成が消えていった方向に視線をやって、苦く笑う。
「僕らが気を揉む必要はなかったようだね。そもそも三成君が進んでいたこの廊下の先には、彼女の自室しかない」
「ヒッ、左様。それに気付いていながら、われを遣わす竹中殿も、人が悪い」
「仕方ないだろう?幸せになってほしいんだ、彼女と三成君にはね」
 静かに、静かに。慈しむように言った半兵衛は、振り向き様に刑部の肩を叩く。
「行こうか、吉継君。多少なりとも加担してもらったからね、御礼にお茶でもどうだい?」
「ヒヒッ、ありがたく頂戴するとしよ」


 ――入るぞ、と声をかけて障子を開け放ったものの。そこには眠れる女がひとりきり。くっ、と眉を寄せた三成は、乱暴に音をたてて五葉が眠る顔の横に腰を下ろした。
「貴様、いつまで眠るつもりだ」
 問いかけても、答えは返ってこない。折角自分がここまで見舞いに来てやったというのに。
「……早く目を覚ませ」
 三成の攻撃を受けて、五葉が床に倒れる姿を見てからというもの。何をしても落ち着かないのだ。
 ひとり刀を振るっても、自室に戻っても、庭に出ても。頭に浮かぶのは五葉のことばかりで。
 もう目は覚めたのか、傷は痛むのか。そんなことばかり考えていたら、いつのまにか足が五葉のもとに向かっていた。
「何なんだ、この気持ちは……」
 同じことが、もし戦の場で起こってしまったら。想像するだけで、背筋に冷たいものが走った。恐怖に似た、それでいてもっと悲痛な。言い表し難い、この胸を締めつけるような沈鬱な気持ちは、一体なんと呼ぶべきものなのだろう。
「ん、……っ」
 三成がひとり自問自答を繰り広げていると、五葉が身動ぎした。目を覚ませ、と、自然に伸ばされた手で彼女の髪にそっと触れれば。願いが通じたのか、五葉がゆっくりと瞳を開けた。
「ぁ、みつ、なり……?」
「動くな、そのまま寝ていろ」
「……わたし……」
「私との手合わせ中に、頭を打ったのだ」
「ああ……、そういえば、そう、だったかも」
 未だ微睡むように言葉を吐き出した五葉は、ふう、と一度大きく息を吐いて三成を見上げた。
「三成は、どうしてここにいるの?」
「……刑部に言われた。見舞いでもせねば、貴様を遣わした神から神罰がくだると」
「馬鹿だな、大谷さん。そんなこと、あるわけないじゃない」
 呆れたように微笑って、目を細める。なにか言いたそうに、じっ、と三成を見つめ続ける彼女に、三成が小さく首を傾ければ。
「……心配、してくれたのかと思った」
「……なに?」
「ごめん。それこそありえないよね」
 忘れてくれ、と目を逸らした彼女に、しかし三成は、どこか答えを得たような気持ちになっていた。
「……そう、か」
「三成?」
「私は、貴様を心配していた、のか」
 五葉が倒れてから、胸に渦巻いていたこの感情は。彼女を失いたくない、という心配からきていたものだったのか。
「心配……、してくれてたの?」
「……気の迷いだ」
 驚きに目を丸くする彼女から、今度は自分から目を逸らそうとしたものの、それは伸びてきた彼女の手が三成の手に触れたことで、止められてしまった。
「ありがとう。……嬉しいよ」
「気の迷いだと言っただろう」
「うん。それでも、嬉しい」
 傷の痛みなんか忘れたように、あまりに嬉しそうに五葉が笑うものだから。なんだかいたたまれなくなった三成は、重ねられた手を握り返して、吐き捨てた。
「貴様に傷を負わせていいのは、私だけだ」
「(……その言葉は、嬉しいのか嬉しくないのかよくわからないなぁ)」
「私以外の人間に負ける事は許さない」
「わかってる、努力するよ」
「ふん。……もしも負けそうになった時は、私を呼べ」
 手を離し、立ち上がった三成は、五葉に背を向けて最後にもうひとつだけ呟いた。
「一度だけなら……貴様を、五葉を守ってやらぬこともない」
「!三成……っ!」
 彼女が己の流した血にまみれる姿など、見たくはないから。もう、こんな不安にかられるのは嫌だから。
 だから、守ろう。彼女が自分のそばにいる限り。望まぬ世界で群れとはぐれた、独りぼっちのこの娘を。


※匿名様へ
この度はリクエストありがとうございました!ゆめあと番外で、三成さんと甘いお話とのことで……精一杯デレさせたつもりなのですが、いかがでしょう?ちなみにゲスト出演は、刑部さんと半兵衛さんにお願いしてみました(*´`)
少しでもお気に召していただければ幸いです。この度は、リクエスト企画にご参加いただき、本当にありがとうございました!


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