虹色の明日へ
銀色は心配性
※if設定。6人+三成が落ちてきていたら。
今日も今日とて鉄棒の練習。
普段は大体、小太郎や幸村と訪れている公園だが、今日はたまたま学校帰りに寄ってみた。
ランドセルをベンチに置いて、ひとりきりで鉄棒と格闘する。真面目なのはゆずかの取り柄だが、集中すると周りを気にしなくなるのが、ゆずかの短所でもあって……。
「……あ」
ふう、と息をついた時には、辺りはもう夕暮れを迎えていた。
かあかあ、と。烏の間の抜けた鳴き声が聞こえてくる。早く帰らなければ、また元就や小十郎の雷が落ちるかもしれない。
「はやく帰ろう」
その前に手を洗っていくか、と、砂場の横にある水道に向かう。冷たい水で手をすすいで、ふと顔を上げれば。
「……?」
「お嬢ちゃん、ひとりなの?」
「……」
笑みを浮かべた男性が、ゆずかの前に立っていた。
答えを返さず、押し黙ったゆずかは、じっと男性の動きを観察していた。
近隣の住人ではない。日が暮れゆく時間帯に、自分のような子供に声をかけるなど、偏見かもしれないが、どうしてもまともな人間とは到底思えなかった。
「おじさんは、別に怪しい者じゃないよ」
余計に怪しいわ、阿呆め。
先日、男性と同じセリフを言っていたドラマを観て、元就が吐き捨てていた言葉を、ゆずかはなんとなく思い出していた。
「……わたし、いそがしいので」
じりじりと後退りをすれば、男性も一定の距離を開けてにじり寄ってくる。背を向けて走り出してしまえればいいのだが、そういう訳にはいかなかった。
『いい?ゆずかちゃん。怪しい奴からは目を離しちゃ駄目だよ。まずは相手の動きを見極めないと、咄嗟に動けないからね』
まだ彼らがこちらにやって来てばかりの頃。ゆずかの外出を心配した佐助が、教えてくれた言葉だ。
それを忠実に守り、徐々に男性と距離を開こうとするけれど、やはりそう上手くはいかなくて。男性の歩幅が広がるたびに、ゆずかの心が焦りに揺れる。
いっそ、ランドセルを置いてこのまま逃げてしまおうか。どうしよう、とゆずかが迷っていると。
ぴたり。急に顔をひきつらせた男性が、その足を止めた。
「……こんなところにいたのか」
「え……っ!」
佐助の教えも忘れて、後ろから聞こえた声に振り返れば、そこには銀の前髪を鋭く尖らせた男性がひとり。
すたすたと近寄ってきたその人は、ゆずかの肩を掴んで、少し乱暴に自分の背に隠した。
「み、三成兄さま!」
「……貴様っ、うちのゆずかに何か用か!」
「い……っ、いえ、その」
「用がなければ去れ。去らねばその首、この私自ら斬滅してやるっ!」
「ひ、ひぃぃっ!」
三成の雰囲気に気圧された男性は、間抜けな叫び声をあげて、まろびながら走り去っていった。
ぎゅ、と握り締めていた服を離して、そっと自分を助けてくれた彼を見上げる。
「三成兄さま……、ありがとう」
「帰りが遅いと思えば……、あのような輩に絡まれているとはな」
ため息を吐いた三成は、しょんぼりと肩を落としたゆずかを睨みつける。
「貴様、私が来なければどうなっていたか、理解しているのか」
「……うん。ごめんなさい」
「ならばいい。二度と勝手な真似をするな」
言い捨てて、三成はゆずかの手を握る。そのままベンチに向かって、逆の手でランドセルを抱えると、小さく呟いた。
「……鍛錬ならば、私が付き合ってやる」
「……いいの?」
「要らぬ心配をかけられるよりはマシだ」
ぐい、と引っ張られる手は、あまり優しいとは言い難いけど。見下ろした眼差しには、慈しみの色がほんのり現れていた。
「帰るぞ」
「うん」
夕陽に照らされて、三成の銀の髪が赤く染まる。不器用で、ちょっと怖くて、でもどこか甘い彼。
「三成兄さま」
「なんだ」
「さっき、すごくかっこよかった」
「……ふんっ」
照れたようにそっぽを向く三成の手を、ゆずかはしっかりと握り返した。