虹色の明日への番外編 | ナノ


色の明日へ
勝利を我が手に


 負けられない戦いがある。
「よいでござるか、ゆずか。佐助は気配に鋭い。某が気を引いている隙に、奪い取るのだ!」
「うん、わかった」
 廊下でコソコソと密談を交わす、怪しげな二人組。なんということはない、この家の主と幸村である。
 二人の視線の先には、キッチン。忙しなく朝食の準備をしている佐助の姿が、ちらちらと見え隠れしている。
「幸兄、がんばってっ」
「うむ!」
 ひとつ頷いた幸村は、ゆずかの声援を背にキッチンへと向かった。
「佐助ぇ!」
「なーに、旦那。朝餉ならもう少しで……」
「片倉殿が居間で呼んでいたぞ!」
「えー、右目の旦那が?仕方ないなぁ、俺様忙しいんだから、向こうから来てくれればいいのに……」
 ブツブツと文句を言いながらも、濡れた手をエプロンで拭きつつ、幸村の言葉通りに居間へと向かう。佐助が廊下に出てくる前に、慌ててゆずかも姿を隠した。
「ゆずか……」
「うまくいったね、幸兄」
 幸村の呼びかけにキッチンへと入ったゆずかは、二人で顔を見合わせてにやりと笑った。
 キッチンにある台の上には、まだ湯気を立てている美味しそうなオカズがたくさん。当然、朝も早よから佐助が作ったものである。
「わたしは、たまご焼きにする」
「では、某はこのからあげを」
 つまみ食い同盟。二人で密かに結成したその同盟は、朝食の前、夕食の前、はたまたおやつの前に。キッチンに忍び込んでは、一口つまみ食いをしよう、という趣旨のもとに動いている。
 くだらぬとは言うなかれ、お腹が減っている時のつまみ食いほど、美味しく感じるものはそうそうない。
 そしてまた、厳しい佐助や片倉の目を盗んでその行為を行う背徳感が、また良いスパイスになってくれていて、余計に美味しく感じられてしまうのだ。
「「いただきま……」」
「なにしてるのかなぁ?お二人さん」
「「……」」
 それぞれ気に入ったオカズに手を伸ばし、指先が触れるか触れないかのところで、素晴らしく優しげな声が背後から聞こえた。
 ぴたりと腕を止め、ぎぎ、と音がしそうなぎこちない動きで首だけを動かせば。
「つまみ食いは駄目だって言ってるでしょっ!?」
「す、すまぬ佐助ぇぇぇっ!」
「ごっ、ごめんなさいっ!」
 まなじりをつり上げた佐助の怒号が響き渡って、二人は転がるようにキッチンから逃げ出したのだった。

「失敗しちゃったね……」
「うむ……」
「……おなか、へったね」
「某、空腹で今にも倒れそうでござる……っ」
 ぐったりと、リビングのテーブルに体をもたれた幸村は、世にも切ない声で訴えた。
 あのあと、怒った佐助に幸村とゆずかは朝食抜きにされてしまっていた。
 反省しなさい!そう言い捨てた佐助は怖くて怖くて。けれど、その程度でこの二人が諦めるなら苦労はしないのだ。
「そろそろ、小十郎さんがお昼ごはんつくってるかな?」
「今度こそは負けられぬぞ、ゆずか!」
「うん。今度は、わたしががんばってみるね」
 むしろ空腹が、二人に火をつけてしまったとでも言うか。普段は聞き分けのいいゆずかも、幸村と一緒だとどうも抑えがきかなくなるようで。
 時計の針を眺めていたゆずかと幸村が、気合いを入れて立ち上がった。
 ……大人しく待っていれば、何も苦労せずともご飯が食べられるというのに。
「あのね、男のひとには、情にうったえかけるといいんだって」
「なるほど。泣き落としでござるな!」
 どこでそんな知識を覚えたのか。得意げに言い切ったゆずかは、幸村を廊下に置いてキッチンに入る。
 そこでは予想通り、小十郎が手際よく昼食の準備を進めていた。
「……ん?ゆずかか」
「小十郎、さん」
 しょんぼりと、肩を落とし俯いているゆずかに、小十郎が苦笑しながら近づいた。
「腹が減ったのか?」
「うん……」
「ったく、真田と一緒になって、あんなことするからだろう?」
「ごめん、なさい」
「もうするんじゃねえぞ」
 仕方ねえな、とでも言いたげに、屈んでゆずかの頭を撫でた小十郎は、きょろきょろと辺りを確認する。誰の姿も見えないことを確かめて、作っていた焼きうどんを一口分、菜箸で絡め取った。
「ほら、猿がいねえうちだ。口開けろ」
「……あーん」
「熱いから気をつけろよ。……美味いか?」
「うんっ!」
「そりゃよかったな」
 ぱあ、と明るくなるゆずかの表情に呆れながらも、悪い気はしなかった。
「あとは出来るまで待ってろ」
「うん。小十郎さん、わたしもお手伝いしてもいい?」
「ああ、構わねえ」
「じゃあ、手伝うね」
 まずはお皿を並べようか、と。つまみ食いをさせてもらって満足し、手伝いを始めたゆずかはすっかり忘れていた。

 廊下の片隅で、幸村がお腹をペッコペコにすかせていることを。
「ゆずかー……、まだでござるかー……」
「(……貴様の主だろう、どうにかしろ)」
「旦那……、ちょっと俺様とお話しようか」
 おどろおどろしい雰囲気を纏った佐助が、幸村の肩を掴むまであと十秒。


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