虹色の明日へ | ナノ


色の明日へ
5.まずはひとりめ


「(つ、つかれた……)」
 リビング、キッチン、それからトイレにお風呂場。我が家の大まかな説明を終えたわたしは、ぐったりと横になりたい気持ちをグッと抑えて、テレビを観ている彼らを眺めた。
 色んな人に話し方を直せ、と言われたから、幸村さんや元就さんには訊いてないけど、お言葉に甘えて普段通りの話し方にさせてもらっている。おかげで、女の子にはちょっと恥ずかしい、トイレの説明も淡々とすることが出来たから、正直ものすごく助かった。
 しかし、人に一から物を説明するというのは、こんなに大変なものだったのか、とゆずかは初めて実感していた。
 あれはなんだこれはなんだ、と。目に入るカラクリは全部訊ねてくるし。テレビを最初につけた時には、「人が小さき箱の中に閉じ込められているでござるぅぅ!」と幸村さんが絶叫するし、鮮やかな緑色のコンポを気に入っていじくっていた元就さんが、急に音楽を鳴らし始めたコンポに驚いて、「カラクリの分際で我に逆らうか!」とあのまあるい刀でサクッとやろうとするし。
 もう面倒になって、キッチンは佐助さんと小十郎さんにだけ説明してたんだけど(二人が知りたいっていうから)、佐助さんはキッチンにある調味料、全部味見――毒味?しないと気が済まないっていうし。山椒指して、これ舌が痺れるけど毒?なんて大真面目に訊いてくる人は初めてです、本当に。
「(お風呂場はぶじにすんでよかった)」
 散々騒ぎ倒したから、もう疲れてしまったのか。お風呂の説明をしている時は彼らは静かだった。まぁ、他の場所と違って、ちゃんと覚えないとお風呂入れなくなっちゃうし、きっとみんな必死だったんだろう。

「……あ」
「どうしたの?ゆずかちゃん」
「わすれてた。みんな、お夕飯はたべたの?」
 そういえばわたしも、まだ食べていない。ようやく説明が落ち着いて、お腹が減ってきたことに気がついたわたしは、ついでに彼らに訊ねてみた。
「ah、俺はまだだな」
「俺もだ」
「某は食べましたが、まだ食べれまする!」
「俺様食べてなーい」
「我もぞ」
「小太郎さんは?」
「……(ふるふる)」
 え、じゃあ幸村さん以外、全員ご飯食べてないってこと?それは大変だ!ていうか幸村さん、地味に催促してるよねそれ。
「お夕飯、つくります。ちょっと時間かかっちゃうから、みんなはお風呂にはいってきて」
 大人の男性が、どれくらいご飯を食べるのかなんてわからないけど、わたしがいつも用意する分じゃとても足りないだろう。
 まずはお米をたくさん炊いて、昨日作ってあった煮物を温めて……他にもおかずを考えなければ。
 言い置いてキッチンに走れば、佐助さんと小十郎さんと小太郎さんがついてきてくれた。
「俺様も手伝うよ」
「これだけの人数の食事だ、お前一人じゃ無理だろう」
「(……物を斬るのは得意だ)」
「あ、ありがとうございます」
 それぞれ、手伝う意思を見せてくれたので、せっかくだし甘えることにする。……小太郎さん、さらっと怖いこと言った気がするけど、気にしたら負けだよね、きっと。
「でも、お風呂はいらなくていいの?」
「あー、湯浴みなら、毛利の旦那が勝手に先に入っちゃったから」
 だからとりあえずお風呂場が空くまでは暇なのだ、と、佐助さんが答えた。元就さん、なんとなく気づいてたけど、やっぱりGoing my wayな人なんだね。
「じゃあ、お米とぐのお願いしてもいい?わたし、そのあいだに元就さんのきがえを用意してくるから」
「ああ、わかった。磨いだ米は、炊飯器とかいうカラクリで炊けばいいんだったな」
「うん。お米は、あそこにしまってあるから」
 戸棚を指さして、小十郎さんが頷いてくれたのを確認してから、わたしは次に父親の部屋に向かった。

 父親や母親の部屋に入るのは、今でも少し勇気がいる。
 書き置きが残されていた日。わたしが独りになった日を、嫌でも思い出してしまうからだ。
 それでも、掃除をしないで放っておくわけにもいかないし、定期的に嫌々訪れてはいるけど。
「んと……、たしかこのへんに浴衣がしまってあったような」
 クローゼットの片隅に、男性用の浴衣が何枚か仕舞われていたのを、わたしは掃除の時に発見していた。電気が遮られた薄暗いクローゼットの中、身を屈めてそれらを探していれば。
 す、と伸びてきた手が、奥に入り込んでいたいくつかの箱を取り出してくれた。
「小太郎さん?」
「(……探し物はこれでいいのか)」
「あ、うん。たぶん」
 かぱり。箱の蓋を開ければ、そこには探していた浴衣が何着か入っている。いつも彼らが着ていた物よりは安っぽいだろうし、未使用でもないかもしれないが、そこは我慢してもらうしかないだろう。とにかく、これで寝間着の数だけは間に合いそうだ。
「(此処は、何の部屋だ?)」
「……わたしの、お父さんの部屋」
「(……そうか)」
 訊いて悪かった、とでも言うように、頭を撫でてくれる小太郎さんを見上げて、わたしは話を変えるように訊く。
「小太郎さん、キッチンにいたんじゃなかったの?」
「(……猿飛と片倉に追い出された)」
「けんかしたの?」
「(否、己は料理などしたことがないから)」
「あ、邪魔だったんだね」
 ストレートに言ってしまえば、小太郎さんがしょんぼりと肩を落とした。表情もあんまり変わらないし、声も出さない人だけど、意外とリアクションは大きい人らしい。
「無理しなくていいんだよ、小太郎さん」
「(しかし、己は忍。主の役に立つのが仕事だ)」
「あるじ?」
 誰それ、と問えば、長い指で思いっきり指さされた。え、わたしですかもしかして。
「こんな子供につかえてたら、笑われちゃうよ」
「(そんなことはない。猿飛も、真田が幼き頃から奴に仕えている)」
「うーん、でも、べつにわたし、お姫さまじゃないし」
 忍なんて、映画とかドラマの世界でしか見たことないから、仕えられてもどんな風に接したらいいかわからないし。
「わたし、忍者よりおにいちゃんがほしいな」
「(……それが、主の望みなら)」
「じゃあ、これからコタ兄って呼ぶね!」
 こくり、頷いたコタ兄は、ほんのわずかに笑みを浮かべたかと思うと、わたしが持ち上げようとしていた浴衣の箱から深緑の浴衣だけを床に置いて、その他の箱を片手で持って言った。
「(これは、彼奴らに配っておく)」
「うん。じゃあわたしは、元就さんにこれ渡してくるね」
 笑ってくれたコタ兄ともう少し話したかったけど、早くしないと元就さんがお風呂から出てしまう。わたしは浴衣を抱えて、パタパタと廊下を急いだのだった。


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