虹色の明日へ | ナノ


色の明日へ
4.忍と竜と右目と


 ――とんでもないことになった、と、つい先程まで佐助は内心頭を抱えていた。
 忍の任務を終え、夜も更けたというのに庭先で鍛錬をしていた主のもとへと報告に戻れば。なんだか今日はやけに星が瞬いてるなぁ、と呑気なことを考えていた刹那には、見たことのない場所に旦那と共に飛ばされていた。
 周りを見れば、敵方の武将が転がっていて。奥州の独眼竜や右目はまだしも、詭計智将や伝説の忍までいるとは思わなかった。
 そんなときに、佐助の前に現れたのは不思議な着物に身を包んだ幼子だった。
 彼女は言う。ここは先の世であると。佐助たちが暮らしていた世よりも、ずっとずっと先の未来なのだ、と。
 そんな馬鹿な、と突っぱねてしまうのはあまりに簡単だった。お伽噺よりも面妖な、そんな話を信じられるわけがない。いつもなら問答無用で苦無を突きつけるべきであるはずの手が、動かなかったのは彼女の目が原因だと佐助は思っている。
「(変な子。忍みたいな目しちゃって)」
 てれび、だの、でんき、だの。淡々と先の世のカラクリを説明している幼子を眺めながら、佐助はため息を吐く。
 彼女の瞳は、忍の目によく似ていた。感情を殺し、浮かぶ色を消し。凍りつかせたフリをして、物事を見やる。
 けれどそうして無理矢理押し殺された感情が、いつ爆発するかわからない。出たいのに出られない、出したいのに出せない。そんな未熟者の眼差し。
「(そんな生き方じゃ、辛いだろうにね)」
 未熟者だからこそ、佐助は彼女を解放したのだ。そんな目で他人を見るようじゃ、まだまだ人は殺せない。例え忍だったとしても、佐助や風魔の実力とは比べ物にもならないだろう。
「……ま、俺様には関係ないけど」
「……?猿飛さん、なにか言いましたか」
「なんでもないよ。それより――」
 いつか、彼女の瞳の奥に隠された感情が見れたらいい。なんて、ガラでもないことを佐助は思った。


「Hey、ゆずか」
「なんでしょうか、政宗さま」
「Ha!そんなに堅苦しく喋るなよ。幼くても、此処じゃお前が家主なんだ、俺のことは政宗でいい。You see?」
「……うん」
 小さく紡がれた返事に、政宗は満足して笑った。
 とりあえず、この部屋にあるカラクリを粗方説明し終えたあと。tableとかいう南蛮の机に腰を下ろしたゆずかに、政宗は訊きたいことがあった。
「ゆずか、改めて訊くが、お前は俺の言葉がわかるのか?」
「ことば?」
「Yes!この南蛮語のことだ」
「あ、英語のこと」
「ah?こっちでは英語っていうのか」
「うん。学校ですこしだけ習ってるから。まだかんたんなのしかわからないけど」
 そうおずおずと答える彼女に、十分だと返す。
 まだ会ったばかりの幼い子供ではあるが、政宗は存外この少女を気に入っていた。子供らしからぬ冷めた眼差しは癪にさわるが、それを言ったら自分の幼少時代だって相当ひねくれていたものだ。
 それをそばで見て知っている小十郎はなんだかやりきれない表情をしているが、まぁ、それはいい。
 南蛮語を解する頭脳を持ち、自らの目的を達成する為ならば、武装した見知らぬ男にも怯まずに向かっていく、その度胸が気に入った。
 いつまでこの先の世というやつに居られるのかはわからないが。大人が、家族が必要だっていうのなら、この自分がなってやろうじゃないか。
「ゆずか、」
「ん……?」
「Think me to be an older brother.(俺を兄だと思えばいい)」
「う、……うん?」
 無表情ながらも首を傾げるゆずかを見て、流石に難しかったか、と政宗は苦笑した。


 ――“きっちん”と此処では呼ばれているらしい、自分の時代で言う厨に、小十郎と佐助、ゆずかの三人がいた。
「これが冷蔵庫で、たべものを保存できます。ちなみに、氷らせることもできますよ、ほら」
「うわ、ホント。便利な世だねー」
 幼子と佐助、そのふたりのやり取りを眺めながら、小十郎は苦々しい思いを噛み潰していた。
 親がいない、と。その幼子はそう言った。だから大人が必要なのだと。
 何故親がいないのだ、と自分が問えば、彼女はその冷たい瞳を一瞬だけ揺らして、言いたくないと拒絶した。
 揺れる瞳。握りしめた拳。決して泣くまいと、決して折れまいと強がったその姿が、右目をなくされ、母親に拒絶された頃の政宗様と重なって見えた。
「(……お前も、なのか)」
 子供らしく在ることを許されず、心を頑なに閉ざしていなければ、生きてゆけないのか。
「これは、炊飯器っていって、お米をたく道具です」
「米?米って白米?ちょっと、そんな高級なもの俺様たちに食わせるつもり?」
「お米、べつにいまは高級じゃないです」
 敬語なんか使いなれていないんだろう。いつまで経っても、たどたどしい話し方だった。
 一度は刀を向け、警戒した人間だ。まだ信用に値するかどうかもわからない。しかし、小十郎は思った。
 嘘でもいいから、家族が欲しいと望むなら。見せかけだけでも、家族として接してやりたい。
「えっと、庶民でも卵とか、お米とかいっぱいたべますし、他にもおさかなとか、お肉とか」
「おい、ゆずか、もっと普通に喋れねぇのか」
「あ……、ごめんなさい」
「右目の旦那、あんまりゆずかちゃん怖がらせないでよ。せっかく説明してくれてるのに」
「……そうじゃねえ」
 はぁ、とため息を吐いて、小十郎はゆずかと目線を合わせるようにしゃがみこんだ。
「俺達は家族なんだろう」
「……え、」
「だったら、無理に敬語なんか使わないで、普通に喋れ。……猿、お前もいいだろう」
「そりゃ、俺様は別に構わないけど。どうしたの右目の旦那、あんたともあろう人が、早速ほだされちゃったってわけ?」
「お前も似たようなもんだろうが」
「……否定はしないけどねー」
 あはー、と誤魔化すように笑うその顔は、何よりも佐助の心情をあらわしていた。
「いいな、ゆずか」
「は……、っうん」
「それでいい」
 この世に居る間に。彼女の頑なになった仮面をいくつ剥がせるだろう。聳え立つ壁を、いくつ崩せるだろう。
 かつて、自らの主がその壁を己で乗り越えた時のように。その手伝いがまた自分に出来るだろうか、と。恐らく普段通りの、だいぶ楽になった話し方で再開された厨の説明に耳を傾けながら。小十郎は、彼女に重なる幼き日の主の幻影を、首を振って振り払ったのだった。


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