虹色の明日へ | ナノ


色の明日へ
6.詭計智将と少女


 わたしが急いで脱衣所に入ると、既に元就さんはお風呂から上がっていた。もうもうと視界を霞ませる湯気の向こう側で、腰にバスタオルを巻いた元就さんが、どこか呆れたような目でわたしを見ている。
「(あ、もう上がっちゃったんだ)」
「……なんぞ」
「きがえ、持ってきました」
 そんな目を見ていると、あまり砕けた口調もよろしくない気がして、丁寧な言葉遣いに切り替えながら、持ってきた浴衣を元就さんに渡す。
「そなたの父の物か」
「はい……ごめんなさい」
「何故謝る」
「えっと、あんまりきれいなものじゃないから」
「フン、我らは突然そなたの家に現れたのだ。用意がないのも仕方なかろう」
 慰めてくれてるのだろうか?口調は厳しいが、存外優しげな言葉を吐かれて、わたしは浴衣を受け取ってくれた元就さんをキョトンと見上げた。
「そなた、親がおらぬと申したな」
「……はい。いまは、ですけど」
「我にも親はおらぬ」
「え?」
「我が幼い頃に、どちらも亡くなった」
 真っ直ぐに、射抜くような視線が落ちてくる。一抹の寂しさ、哀しさ。そんな色がどことなく混じったその瞳は、独りになってからのわたしによく似ていた。
「人はみな、いずれ誰しも独りになるものよ。我を理解出来る人間も、今となっては我だけ」
「……」
「然し、我はそれで構わぬ」
 フン、と鼻を鳴らした元就さんは、す、とわたしと目線の高さを合わせるように、腰を屈めてくれた。
「強く生きよ、ゆずか。独りで生きると決めたのならば、己の足で立ち、利用出来るものは全て己の駒とするがよい」
「こま……?」
「すぐに理解しろとは言わぬ」
 もう少しわたしが成長した時に、わかればいいのだと元就さんは言った。
 内容は確かに難しかったけれど。それでも、元就さんがわたしを励ましてくれているのだ、ということはちゃんと理解できたから。わたしは、大きく頷いた。
「そなたも我が駒ぞ」
「じゃあ、わたしも元就さんを駒にする」
「ほう、どのような駒だ?」
「嘘っぱちのかぞく、っていう駒」
「フン、悪くない」
 優雅に微笑んだ元就さんは、ゆっくりと体勢を戻し、話は終わりだというようにわたしに背を向けた。
「ならば、我のことは兄と呼ぶがよい」
「就兄さま?」
「……好きにせよ」
「わかった!」
 リビングにいる、と声をかけて、わたしは脱衣所を出た。なんだかやけに顔が熱い気がしたけど、これはお風呂の湯気のせいだと、とりあえずごまかしておくことにした。

「おかえりー、ゆずかちゃん。夕餉出来てるよ」
「えっ?」
 まだ作ってもいないのに?と首を傾げると、お玉片手にやってきた佐助さんが(すっごい似合うなぁって思ったのは内緒だ)、テーブルの上を指差した。
「うわ。すごい……」
 卵焼きに、煮物に、きんぴらごぼうに、お浸しに。和食の献立が、美味しそうな湯気をたててテーブルいっぱいに並んでいた。
「もうすぐ米も炊けるはずだ」
「これ、佐助さんと小十郎さんが作ったの?」
「そ。勝手に食材使っちゃったけどよかった?」
「うん、へいき」
 というか、残り物だったはずの煮物も、なぜか嵩が増えている気がするし。さすが、キッチンの使い方を知りたいと自分から言うほどの腕はあるなぁ、とわたしは感心した。
「さ、佐助ぇ、まだ飯は炊けぬのか」
「もう、ちょっとは待ってよ旦那。どっちにしろ、毛利の旦那が戻ってこないと食べれないんだから」
「あ、就兄さまならもうでたからすぐに来るとおも……」
 言葉は最後まで言えなかった。みんなのギョッとした視線が、集まったことに気がついたから。
「ど、どうしたの?」
「……Hey、ゆずか。その兄様ってのは毛利のことか?」
「え、うん。兄ってよべって言うから」
「shit!まさか毛利に先を越されるとはな!」
「ゆずか殿ぉっ!」
「わぁ!な、なに幸村さん」
 ずずいっ!と勢いよく寄ってきた幸村さんは、それはもうキラキラした眼差しでわたしに迫ってきた。
「某のことも、兄と呼んで下され!」
「ゆ、……幸兄?」
「うむ!」
にっこにっこと、満面の笑みで頷かれて、わたしがいいのかなぁと佐助さんのほうを見ると、いいんじゃない、と諦めたように笑われた。
「ゆずか!真田を兄と呼ぶんなら、俺もそう呼べ」
「えっと、……政宗兄さん」
「人によってちょっと呼び方変えるのはなんで?」
「うーん、イメージ?」
「いめーじ?なにそれ」
 佐助さんとそんな会話を交わしていると、がちゃりと扉を開けて、就兄さまがリビングに入ってきた。
「なんぞ、騒がしい」
「毛利の旦那ー、あんたも子供にはずいぶんと優しいんじゃない」
「フン、呼び方のことなら我だけではない。伝説の忍も既に兄と呼ばれておるわ」
「……ゆずかちゃん、それホント?」
「あ、うん。……コタ兄」
「(呼んだか、ゆずか)」
 どこに隠れていたのか。わたしが呼べばすぐに現れてくれるコタ兄。ていうか就兄さま、なんでわたしがコタ兄って呼びはじめたのを知ってるんだろう。
「伝説の忍が、兄、ねえ……」
「(羨ましいならば素直にそう言え)」
「な……っ、誰もそんなこと言ってないだろ!」
「ゆずか殿、佐助は兄と呼ばぬのでござるか?」
「うーん……」
 幸兄に訊かれて、わたしは首をひねる。別に呼んでもいいんだけど。
「佐助さんはおにいちゃんっていうより、おかあさんって感じだから」
「ちょっとゆずかちゃん!?俺様男なんだけど!」
 佐助さんの悲痛な叫びに、幸兄や政宗兄さんが吹き出したのは同時で。
 賑やかな笑い声に隠れるように、ようやく炊飯器のアラームが軽快な音を鳴らしたのだった。


[ 戻る/top ]
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -