虹色の明日へ | ナノ


色の明日へ
33.使えるモノは


 所在なさげにしていたゆずかを小十郎と元就の間に座らせ、担任には反対側の席をすすめる。そうして向かい合った4人のうち、まず口火を切ったのは小十郎だった。
「ゆずかの世話を任されてる、片倉という者だ。ゆずかがいつも世話になってる」
「先日、お電話いただいた片倉さんですね。私は、四年三組の担任をしております――」
 お決まりの挨拶を滞りなく済ませ、出された茶を一口含んだ担任は、探るような眼差しを小十郎に向けた。
 ずいぶんと強面な男性である。ゆずかの家業が、“そういった”家柄だとは聞いた事がなかったのだが。どう見ても、その筋の方にしか見えない彼は、一体何者なのだろう。
「……そちらの方は?」
「あ、ああ。俺と同じく、ゆずかの世話を任された毛利という者だ」
「そうなのですか」
 底冷えのする視線を、宙にさ迷わせるもう一人の男性。恐ろしく美しい顔立ちだが、どうも友好的な感情を感じられない。
 そんな彼は小十郎にちら、と目を向けただけで、改めて名乗る様子は見られなかった。
「ご両親は、まだ戻られないのですか?」
「……ああ。まだしばらくかかるそうだが」
「そうですか、随分と長くかかるお仕事なのですね。いえ、夏休み前から、倉橋さんに両親は留守にしていると、家庭訪問を断られていたものですから……」
 困ったように息を吐く担任に、小十郎はただ謝罪を返した。嫌味な女だ、と舌打ちしてしまいそうな己を懸命に落ち着かせるものの、しかし担任は攻撃の手を緩めない。
「お二人は倉橋さんのご両親とどういったご関係で?」
「……それは、家庭訪問とやらで必要な質問なのか?」
「もちろんです。姓も違えば、ご兄弟にも見えませんし、私の大切な生徒を、素性の知れぬ方にお任せするわけにはいきません」
「酷い言い草だな」
 本人を目の前にして、素性の知れぬ方ときた。しかし、なんと答えたものか。
「俺達は、ゆずかの父親の友人だ」
「失礼ですが、お仕事はされていないのですか?」
「……仕事?」
「ええ。近所の方から聞きましたよ、片倉さんは、毎日家にいらっしゃるそうではないですか。どうやって倉橋さんを養っているんですか?」
「預かっている間の養育費は、ゆずかの両親に貰っている」
「だからといって、仕事もしないで家にいるなんて……」
 彼女は、なかなか狡猾な女らしい。恐らく今までの鬱憤を晴らそうと、ゆずかを追い詰める材料を昨日からの短時間で集めてきたのだろう。
 そして、最大の爆弾を投下する。
「倉橋さん」
「は……、はい」
「先生、倉橋さんのお兄様にもお会いしたいわ」
 ぎょっとして、ゆずかが顔を上げる。担任の言葉に思い当たるのは、以前、隣の家のご婦人と遭遇した時に、政宗が発した“嘘”のこと。
 己は、ゆずかの兄であると。彼女は、それを知っているのだ。
 内心、小十郎は困り果てた。この様子では、小十郎が政宗の目付け役である事も知っているかもしれない。そうであれば、先程の話と矛盾がうまれぬように気を回して話す必要がある。
 小十郎が必死に答えを探していると、今まで黙っていた元就がついに動いた。
「……大切な生徒、か」
「なにか?」
「フン、心にもない言葉を発するものだと思うただけよ」
 元就の嘲りを受け止めた担任は、余裕ぶったその顔をしかめた。
「人にはそれぞれ、事情というものがある。詮索は無用ぞ」
「私は教師です。得体の知れない輩から、生徒を守る義務があります」
「好奇心は猫をも殺す、……我の言葉が理解出来ぬほど愚かではあるまい?」
 うっすらと浮かべられた笑みに、寒気がした。
 全てを見透すような瞳は、彼女がどんな理由で、彼らとゆずかの関係を詮索しているのかを理解しているのかもしれないと、そんなありえない事を思った。ただの興味、そして、己の本性を知っているゆずかの弱味を握れるかもしれない、という邪な悪意によるものであると。
「では、身分の証明が出来る物を確認させていただけますか?それさえ控えさせていただければ、今日のところは帰りますので」
 決して、間違った事は言っていないだろう。彼らが怪しいのは事実であるし、もし何らかの犯罪行為が露呈した時にも、彼らの身分を控えておけば役に立つ。
 癇に障る言い方をされて、腸が煮えくり返りそうな思いはあるが、それは後程、この件を利用してゆずかを責めれば気も晴れるに違いない。この期に及んでも、自分の優位を疑わない担任は、自然に頬がゆるんでしまうのを感じた。
「詮索は無用、と。我は申したはずだが」
 硬質な声で吐き捨てた元就は、その冷酷な眼差しで担任を射抜く。
「貴様も、我らと同じであろう?」
「同じ……ですって?」
「隠した腹の内を探られたくはあるまい?互いの為にも、ここは退くが得策ぞ」
 微笑みが、面白いように固まった。冷や汗が背を伝うのも気にせず、何故話したのかと目の前に座るゆずかを強く睨み付ける。
 迂闊だった。まさか、ゆずかが彼らに己の本性を話しているとはついぞ思わなかったのだ。
「……な、何のお話でしょう」
 だが、別に己が生徒達を苛めている証拠を握られた訳ではない。子供の戯言、虚言、そう誤魔化せばいいだけだと思い直した彼女は、意味がわからないとでも言いたげに首を傾げる。
「フン。心当たりがないと申すか」
 ここで退けば、元就もこれ以上追求するつもりはなかったのだが致し方ない。
「よく聞くがよい。これまで貴様が築きあげてきた信頼、将来への道筋。我は、今すぐにでもそれらを捻り潰せる立場にあるのだ」
 にや、と残酷な笑みを湛えた彼がシャツの胸ポケットからチラリと見せつけた物を認めて、担任は今度こそ自らの敗北を悟ったのだった。
「これよりは、口の聞き方に気を付けよ。貴様の全ては、我が手の内」
「……そ、んな」
 ガタガタと震え出す担任を見て、やはり彼女のように、己を賢しいと勘違いしている女は騙しやすいと、元就は内心嘲笑う。
「担任とやら。我らと取引をせぬか」
「……取引……」
「ひとつ、我らとゆずかの関係をこれ以上詮索せず、他人に漏らさぬこと。ふたつ、もしも我らの事でゆずかに不利益となる事態が起こった際には、貴様が出来うる限りの便宜をはかること。……そして」
 そこで一度、言葉を切った元就は、ゆっくりと静かに、まるで幼子に言い聞かせるように続きを紡いだ。
「今後一切、我が妹を害する事は許さぬ。……よいな」
 コクリと、真っ青になった担任の首が上下する。それを確かめてから、元就は満足げに笑って、ゆずかの頭を撫でた。
「この写真は、ゆずかが学校とやらを卒業する時にでも貴様にくれてやろう。無論、貴様が我らとの取引をきちんと遂行すれば、だが」
 これで、担任がゆずかを苛める事は少なくともなくなるだろう。更に、また今日のように自分達が誰かに疑われるような状況になったとしても、こちらの世界での“ちゃんとした大人”である担任が自分達の味方であれば、きっと上手く切り抜ける事が出来る。
 ――使える駒は利用せよ。
 常々、ゆずかに言い聞かせていたそれを、元就自ら実証した瞬間だった。


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