虹色の明日へ | ナノ


色の明日へ
32.智将の奸計


 ゆずかの、父の部屋。
 元就は普段、一日の大半を宛がわれたこの部屋で過ごしている。それはこの日においても変わる事はなく、木漏れ日の射す部屋の椅子に腰かけて、じっと瞼を閉じていた。
 猿飛や片倉は、これより来る来客に少しでも好印象を与えようと、手製の茶請けなどを用意しているらしいが。もちろん、元就がそれらの準備に加わることは、ない。
「……」
 よく回る頭の中では、幾通りかの謀。どれが一番、ゆずかの為になるのか、元就は吟味に吟味を重ねなければならないのだ。
 ゆずかが言うに、来客――先生とやらは、稚児を苛めて喜ぶという歪んだ癖を持っているらしい。そして、その数々の現場に遭遇したゆずかを、何やら目の敵にしているのだとも聞いた。
 ただの八つ当たりではないか、と呆れ果てた元就ではあったが、多少なりとも、ゆずかに被害が及ぶ可能性があるのなら、それは極力排除しなければいけない。直接的な害はなくとも、ゆずかがそれを不快に感じているのならば、それは既に元就にとっても敵となるのだ。
「……?」
 ひとつ息を吐き、顔を上げた先に、なにかの物体が目についた。立ち上がり、本棚の隅に置かれたそれを手に取った元就は、ああ、と声を漏らす。
「いつ見ても、精巧な絵よ」
 ゆずか、そしてその両親。彼らが映った緻密で精巧な絵の名は、確か写真というのだったか。
 かめら、というからくりを用いれば、こうして一瞬の光景を記録しておくことが可能なのだと、以前ゆずかが話していた。その時は特に興味もなく、たまに写真を眺めるだけで、こう、手に取ってみたりはしなかったが。
「ふむ」
 顎に手をやり、唸った元就の唇が、珍しくも笑みの形を描いた。
「これは……使えるやもしれぬ」
 少々策を練り直さねばならぬが、然したる時間もかかるまい。写真立てを掴んだまま、元就は先程までの定位置に戻っていった。


 数刻後。担任を伴い帰宅したゆずかを出迎えたのは佐助だった。
「おかえり、ゆずかちゃん」
「ただいま」
 親しげに言葉を交わす二人を見ながら、担任は一瞬だけ眉を寄せた。
 まさかオレンジ頭の軽そうな男が出てくるとは思わなかったが、ここで怯むわけにもいかない。気を取り直して、作り笑顔を綺麗に浮かべた。
「こんにちは。突然申し訳ございません。お邪魔致します」
「ああ、ゆずかちゃんがいつもお世話になってます」
 挨拶も恙無く終わらせ、笑顔で促す佐助について歩きながらリビングへと向かう。
「(残念だけど、忍には敵わないかなー)」
 作り笑顔を即座に見破った佐助は、バレないように苦笑を漏らした。彼女のそれは、緊張や、そうしたものから来る、反射的な作り笑顔ではない。己の本心を隠し、相手の懐柔を狙う者が浮かべる表情である。
「(……あんまり、気持ち良いものじゃないね)」
 忍である佐助も、よく利用してきた表情ではあるが、それを己に向けられては不快感しか感じなかった。
「どうぞー、入ってください」
「ええ、ありがとうございます」
 狸同士、やり取りを交わし、佐助はリビングの扉を開いた。
「あとは任せたよ、……毛利の旦那」
 ぼそり。リビングの中に入り、彼女の背中を追いながら呟いた佐助は、そのままドアを背にしてその場に留まる。
 そう、まるで――退路を塞ぐように。


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