虹色の明日へ | ナノ


色の明日へ
34.戦の終わり


 ふらふらと、糸の切れた人形のように我が家を後にする担任を見送った佐助がリビングに戻ると、ちょうどゆずかが元就に礼を言っているところだった。
「ありがとう、就兄さま。これで、あのひともわたしに寄ってこないとおもう」
「フン、これでもゆずかを目の敵にするようであれば、本物の愚か者よ」
 我が策に抜かりはない、と。戦を終えた元就は優雅に微笑む。流石は戦国の世で名を馳せる詭計智将、毛利元就。じわじわと相手を追い詰めていく様子は、忍の佐助が見ていても背筋が寒くなるようであった。
「ah……、sorry、ゆずか。俺が余計なこと言ったせいで、付け入る隙を与えちまった」
「なんであやまるの?政宗兄さんはわたしのお兄ちゃんだもん。なにもおかしいこと言ってないよ」
「……Thank you」
 隠れていた政宗や幸村も出てきていたようだ。彼らは実は、リビングの中に身を隠して潜んでいたのだが、よくもバレなかったものだと、今更ながら佐助は胸を撫で下ろす。
 政宗の失言を、失言とも思わず笑顔で応えるゆずかの体を、彼がぎゅうぎゅうと抱き締めた。
「みんな、わたしの大切な家族だよ」
 気を張って、荒んでいた心が、ほわり、と暖かくなったような気がした。
「そういえば毛利殿」
「何ぞ」
「先程申していた“しゃしん”とやらは、何処で手に入れたのでござろう?」
「あ、それ、俺様も気になってたんだよねー」
 元就が胸ポケットに入れていた、あの写真。
 担任が子供達を苛めているのは、昨日はじめてゆずかから聞いた事実であるし、用意するにしても時間がなさすぎる。まあ、佐助や小太郎であれば学校に潜入して、その現場を押さえるのも簡単なことではあるが……佐助は頼まれていない。
 ならば風魔かと、佐助が彼に目を向けるが、緩やかに首を横に振られてしまった。
「ふむ、これか」
「あ、その写真!」
 懐から取り出されたその写真を見たゆずかが、驚いて声を上げた。
 どうせ胸くそ悪い瞬間が写ったものなのだろう、と予想していた他の武将達も、そこにあった光景を目にして不思議そうに首を傾げてしまった。
「これは……ゆずかと、その両親、か?」
「(父の部屋に飾られていたものだな)」
「うん……、でも、どうして?」
 写真を受け取ったゆずかの後ろから、小十郎と小太郎がそれを覗き込む。
 家族三人、並んで写ったその写真。彼らの背後にはゆずかの学校があり、右端に“入学式”と書かれたプレートが写り込んでいる。想像とはかけ離れた、幸せな写真だった。
「なるほどねぇ……」
 思わず感嘆の呟きを漏らした佐助に、元就以外の全員の視線が集まる。元就が黙ったままなので、仕方なく佐助がかわりに説明することにした。
「毛利の旦那は、写真を全部見せたわけじゃない。端のほうだけ、それも一瞬しか見せなかった。丁度、ゆずかちゃんの通う学校の……建物が写っている部分だけを、ね」
 学校に馴染みのない自分達では、その建物だけを見せられても、何かはわからないだろう。
 けれど、担任は違う。毎日、自分が通っている職場なのだ。それが何処かなど簡単に判別がつくだろうし、その写真が学校で撮られたものだとすぐに判断出来る。
「やましい事がある人間は、常に何かを疑って過ごしてる。普段ならそうとは思わない事も、何でもかんでもその“やましい事”に結びつけて考えてしまう癖があるんだよ」
 だから、と佐助は静かに元就に視線を移した。
「毛利の旦那は、学校が写った写真を見せる事で、それが“自分が誰かを苛めている現場”の写真だと、あの女に勘違いさせたんだよ。よく見たらわかるはずなのに、馬鹿だよね」
 まあ、あれだけ追い詰められていたら、思わず勘違いしてしまう気持ちもわからなくもないけれど。今更ながら、担任が気の毒に思えてきた佐助である。
「(……然し、いずれそれが嘘であったと気づく可能性がある)」
「まあね。でも、その為に俺様と風魔がいるんでしょ」
 後でゆずかに“かめら”の在処を訊いて、本当にその現場の写真をおさめてやろう。小太郎も同じ考えなのか、口の端がニヤリと上がった。
「ha、揃いも揃って過保護になりやがって」
「仕方ありますまい。己の家族を守るのは、男子として当然のことと某は思いますれば」
「……まぁな」
 見知らぬ異世界に迷い込んで、家も、民も、国も、守るべきものを全て失った自分達が。
 せめて己らを頼ってくれる、この可愛い妹だけは何としても守ってやりたいと。思うのはきっと、自然なことなのだろう。
「ねぇ、先生も帰ったし、今日はみんなでお祝いしよう!わたし、小十郎さんの作ったごちそうたべたい!」
「あ?ああ……、そうだな。わかった、好きなもん作ってやる」
 わぁい、と喜びの声をあげ、小十郎に抱きつくその無邪気な様子を眺めながら、政宗は小さく笑う。
「戦の後の宴か。……久しぶりだな」
 やはり、どんな戦でも勝てば気分が良いものだ。
 一瞬だけ、元の世界の喧騒が耳に届いたような気がして、政宗は目を細めたのだった。


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