虹色の明日へ | ナノ


色の明日へ
30.遠ざかる日常


 昼休み。ゆずかはいつも通り教室で窓の外を眺めていた。
 病み上がりの体であるし、常であれば“外に行け”とうるさい担任も、今日は何も言わなかった。誰にも邪魔される事のないまま、ぷかぷかと流れゆく雲を追う。
 ……武将達は、心配していないだろうか。
 不意にそんなことが気にかかって、ゆずかは自然に唇の端が上がってしまうのを感じていた。
 体調を崩したこの数日間で、より深く彼らと通じあえたとゆずかは思っている。自分が独りでいる理由なぞ、彼らに告げる必要はないと考えていたから、それを知られてしまったのは大きな誤算ではあるが。結果的に、彼らはゆずかを受け入れ、ゆずかも真の意味で彼らを受け入れられたのだから、これで良かったのかもしれない。
「はやく、かえりたいなぁ……」
 こんなつまらない場所にいるよりも、彼らの姿を見ているほうが何倍も楽しいし、これからは、きっともっと楽しくなると思っている。独りで大丈夫だと、虚勢をはる必要もない、子供らしく在っても許される。ようやく手に入れた、自分が自分らしくいられる場所に、早く戻りたかった。

「倉橋さん」
 そんなことをつらつらと考えていれば、突然背中からかかった大嫌いな人の声。
 ゆずかの天敵、我がクラス担任である。
「……なんですか」
 扉の前に立っていた彼女は、ゆずかがそう声をかけるとツカツカとこちらに歩いてきた。無関心な瞳で、自分を見上げるゆずかを気にする事もなく、何かを確認するようにくるりと教室内を見回した。
 人の気配は、ない。
「……とんでもない問題児かと思えば。ちゃんといるんじゃない、保護者」
 浮かべていた、人好きのする笑顔が消える。がらりと雰囲気が変わり、他人を寄せつけない冷めた眼差しが降ってきた。刺すような棘のある言葉にも、しかし、ゆずかは眉ひとつ寄せることはなかった。
 これがこの女性の真実であり、本質である。
 幾度目かに目にすることになったそれは、既にゆずかにとっては慣れっこだった。
「わたしは、問題児じゃありません」
「親無し紛いの子供なんて、問題児以外の何者でもないわよ。アンタのせいで、何度教頭に嫌味を言われたことか」
 これ見よがしにため息を吐くその表情には、評判の良い“先生”の面影はひとつも残っていなかった。
「おまけに私の本性も知ってしまうし?本当に、どれだけ私の邪魔をすれば気が済むのかしら」
 子供を己の出世道具としか見ておらず、どうしたら己の意のままに操れるかしか考えていない。そこに子供達への愛情は欠片も見当たらず、思い通りに動かない子供には容赦ない“お叱り”が待っている。ゆずかは、その“お叱り”をたまたま見てしまったのだ。
 小動物をいたぶるように、自分に二度と逆らわないように、じわじわと相手を屈伏させるその光景は、とても見ていて気分の良いものではなかった。
 そしてそれを見てしまってから、彼女はゆずかも己に服従させんと様々な方法で迫ってきたけど。頑として靡くことのなかったゆずかに、服従を諦める代わりに本性を隠す事もなくなった。
「まぁ、いいわ。今はこんなことを言いに来たんじゃないの」
 にっこりと、彼女の外面が復活する。よくもまぁコロコロとすぐに表情を変えられるものだな、とゆずかは心の中で呆れた。
「倉橋さん、先生、保護者の方にご挨拶したいの」
「……え?」
「家庭訪問、倉橋さんだけ終わってないのよ。ずっと断られていたから。保護者の方がいるのなら、問題ないわよね?」
「……それは……」
 ここではじめて、ゆずかの目が泳いだ。両親が出張でいないから、と、夏休み前に始まったそれをずっと断り続けてきたのはゆずかであるし、嫌だ困ると言い募ってみたところで、保護者がいる事は既にバレてしまっている。逃げ道は、ない。
「明日の放課後、倉橋さんのご自宅にお邪魔するから」
 有無を言わせない口調で、そう告げた彼女は、ポンとゆずかの肩を叩く。
「逃げたら許さないわよ?」
 背中に流れる冷や汗が、どっと増えた気がした。


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