虹色の明日へ | ナノ


色の明日へ
29.夜の談話


 大事をとって次の日も学校を休み、一日を寝て過ごしたゆずかは、夜にはリビングにおりて来られるほど、すっかり回復していた。
「ごちそうさまでした」
「はい。お粗末様でした」
 佐助お手製の卵粥もぺろりと完食し、両手を合わせたゆずかの頭を撫でる。気持ち良さそうに目を細めるゆずかの表情は、すっかり子供らしい色を取り戻していた。
「ほら、ゆずか。medicineの時間だぜ?」
 キッチンから戻ってきた政宗によって、テーブルの上に水の入ったコップと風邪薬のカプセルが置かれる。
 昨夜、風邪をひいた時に飲む薬があるのだ、と小十郎に教えていたのを見ていたのだろう。
「口開けな。放り込んでやるよ」
「うん……」
 薬というものはどうも苦手だ。具合が悪かった時は、治すのに必死だったから気にならなかったけど、ある程度回復した今は、やはり苦手意識が拭えない。
 いつまで経ってもぐずぐずしているゆずかを見兼ねて、苦笑した政宗がカプセルを彼女の口に放り込んだ。
 味を感じる前にすぐに水と共に嚥下して、ふうとため息を吐く。
「ゆずか、明日から学校に行くのか」
「うん。お勉強おくれちゃうから」
「そうか。無理はするなよ」
 政宗の後を追って、リビングに戻ってきた小十郎がゆずかの前に湯呑みを置きながら言った。
「生姜湯だ。寝る前に体をあたためておくといい」
「ありがと、小十郎さん」
 こうした細かな気遣いが嬉しい。まだ湯気をたてるそれを両手で持って、冷ましながら少しだけ口に含むと、想像していたよりも甘い味が広がった。
「(……帰りには、迎えに行く)」
「だいじょうぶだよ。ひとりで帰ってこられるから」
「(……迷惑、か?)」
「そんなこと、ないけど」
 迎えに来てくれるのは嬉しい。けれど、むしろゆずかのほうが、小太郎に迷惑をかけてしまうのではないかと心配なだけなのだ。
 それを伝えれば、小太郎はゆっくりと首を横に振った。
「(己がそうしたいのだ。……ゆずかは、何も気にしなくていい)」
「……うん。わかった」
 納得はしきれないが、これ以上は押し問答になるだろう。そんな予感がしたので、素直に頷いておく。
「ゆずか、飲み終えたのならば早々に部屋に戻らぬか。また風邪をぶり返すとも限らぬ」
「はーい」
 湯呑みが空になったタイミングを見計らって、元就がそう声をかける。
 ずっと寝続けていたからあまり睡魔はやってきていないんだけど。例え眠れずとも、このぽかぽかと温まった身体のまま、布団に入るのも悪くはないだろう。
 椅子から下りたゆずかの手を不意に掴んだのは、心配そうにずっとゆずかを見つめていた幸村だった。
「幸兄?」
「今宵は、某がゆずかのそばにいるでござる」
「え、でも……」
「一緒にいてやって、ゆずかちゃん。旦那、ずっと我慢してたからさ」
 ゆずかが寝込んでいる最中、思えば幸村はほとんどゆずかの部屋に顔を見せなかった。風邪がうつってしまっては“こと”だと、考えた佐助によるものだったのだが、本当は幸村も、ゆずかの看病をしたかったのだ。
 何も出来なくても、ただそばにいて、彼女の手を握っていてやりたかった。
「wait、そういう事なら俺も行くぜ」
「政宗兄さんも?」
「俺も、小十郎に止められてたからな。構わねぇだろ、真田幸村?」
「……う、うむ」
 本音を言えばゆずかと二人きりで過ごしたかったし、正直嫌なのだが、それを申して大人しく引き下がる相手とは思えない。何度も刃を交え、政宗の好敵手を自認する幸村は、誰よりもその事を理解していた。
「じゃあ、三人でいっしょに寝よう」
 ゆずかのベッドは、子供には大きすぎるほどに大きい。幸村や政宗と川の字に横になっても、悠々と寝られるだろう。
 おやすみ、という他の武将達の声を背中に聞きながら、ゆずかは二人と手を繋いで二階へと戻っていった。

 部屋に戻る前に二人の枕を取って、ゆずかのベッドに並べる。ゆずかを真ん中にして親子のように川の字に。
「幸兄がお母さんで、政宗兄さんがお父さんだね」
「ah?真田と夫婦なんざごめんだな」
「そ、それは某の言葉でござる!」
 ごろりとベッドに横たわった政宗が、ぽん、と布団を叩く。察したゆずかがそこに寝ると、政宗は満足げに笑った。
「ちゃんと布団をかけて眠らねば、また風邪をひくでござるよ」
 めくった布団を、ぱさ、と肩までかけられる。仰向けに寝ても、どちらを向いても、大好きな人達の顔が見えるということは、とても安心するのだな、とゆずかは思った。
「眠るまでlullabyでも歌ってやろうか」
「えー、政宗兄さん、お歌へたそうだからいい」
「ならば某が……!」
「テメェが歌ったらゆずかが寝られねぇだろ!」
 どこにいても、この二人はいつも同じ。仲が良いのか悪いのか、本当によくわからない人達だ。
「幸兄、政宗兄さん、手つないでねよう?」
「うむ」
「ああ、いいぜ」
 きゅっ、と繋いだ手を、離れないように、離さないように力を込める。
 せっかくだからもっともっと話したい事がたくさんあったのに。二人の温もりを感じていたら、知らぬ間に睡魔がやってきてしまった。

 あれからしばらくの時が経ち、すうすうと眠る規則正しいゆずかの寝息を聞きながら、政宗はそっと微笑みを零した。そういえば“でんき”というやつを消していないが、繋いだ手を離すのも忍びない。一日くらいなら問題ないだろう。
「……なぁ、真田幸村」
「なんでござろう」
 天井を睨みながら、ゆずかを挟んで隣にいる幸村に声をかける。いくらゆずかがいるとはいえ、元の世界では命のやりとりをした者同士、そう簡単には眠っていないだろうと思っていたが、正しかったようだ。
「毛利が言っていた話、アンタはどう思う」
 それは、ゆずかがまだ風邪と戦い始めてすぐの事である。眠れずにリビングに集まっていた武将達は、真夜中、二階から下りてきた元就と佐助から、ゆずかがどうして独りでいるのかを聞かされたのだ。
 その席で、元就は最後にこうも言っていた。
 ゆずかが望むのならば、彼女を元の世界に連れて行くつもりだ、と。
 そんなことが出来るのかと、政宗は疑った。そもそも自分達が帰れるかどうかもわからないのに、ましてやゆずかを連れて帰るなど。しかし元就は、常のように武将達の言葉を簡単に笑い飛ばす。
『出来るのか否かではない。やるだけぞ』
 その自信は一体どこから出てくるのか。否、それよりも、政宗には危惧することがあった。
「……某は、反対でござる」
「……そうか」
 政宗の危惧と、恐らく同じ危惧を抱いているであろう、その短い答えに、なんとなく安堵を覚えた。
「俺達の世界は……ゆずかには過酷すぎる」
「某も、そう思いますれば。ゆずかは、心優しい女子ゆえ」
 戦がある。誰かを傷つけて、傷つけられて。散って行った者達の骸の上に、自分達は立っている。それをゆずかが正しく理解した時。平和な世で生きる彼女の心が、ひび割れてしまわないとも限らない。
「ゆずかは、身を守るすべを持ちませぬ。某達が守ればよいのかもしれませぬが、しかし、守りきれぬこともありましょう」
 そうなれば、ただの子供であるゆずかが生き残れる保証はなくなってしまうのだ。
「毛利は、何を考えていやがる……」
「毛利殿は、智将と呼ばれる御方。某達には思いも及ばぬお考えがあるのやもしれませぬが……」
 確かに、あの元就が政宗や幸村が抱く危惧を全く考えていないとは思えない。ならば、どうして……。
「しかし……」
 息を吐くように、小さく呟いた幸村の声を聞いて、政宗はほんの少しだけ首をそちらに傾けた。
 視界に映った幸村の顔は、複雑な色を宿していた。
「ゆずかが望んだその時、某は、それを止められる自信がありませぬ」
「……ah、それは俺も同じだ」
 独りになりたくないと、泣くゆずかを突き放す事が自分にどうして出来ようか。
 自分達の隣で、安心しきった表情で穏やかに眠るこの少女を、再び独りにしてしまう事を、果たして己が許せるのか。政宗には、まだわからない。
「情が移っちまったな……」
 離れたくないと、心の底から思う程には。
 寂しげに呟いた政宗は、眠るゆずかの額にかかった髪をそっと払ったのだった。


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