虹色の明日へ | ナノ


色の明日へ
27.攻防戦


 ぴぴぴ、と喧しい機械音が静かな部屋に鳴り響く。
 全身を支配する倦怠感をおして身を起こしたゆずかは、すぐにまたその身体を横たえることになった。
「……幸兄……」
「駄目でござる」
「政宗兄さん……」
「No!許さねぇぜ、ゆずか」
「うー……!」
 比較的自分に甘い二人を上目遣いで陥落させようとするも、きっぱりと断られてしまえばどうにもならない。集まった他の武将達も、同意を示すようにうんうんと頷いていた。

 本日は平日である。つまり、ゆずかには学校があるわけで、風邪をひいたからといって休むつもりはなかった。
 いつも通り目覚まし時計で起きたものの、音を聞きつけた忍組や追いかけてきた武将達にベッドに押し戻されてから早30分。どちらも折れない攻防戦は、未だ終わりを見せない。
「そろそろ諦めたら?ゆずかちゃん。まだ熱も下がってないし」
「でも……」
「(……何か問題があるのか?)」
「むだんで休むと、おこられちゃうんだもん」
 昨夜よりは多少マシになったとはいえ、まだまだ熱が高い。ざわざわと落ち着かない思考回路をどうにか回転させて、ゆずかは答える。
 連絡もなしに無断で学校を休めば、後で何を言われるかわからないのだと。
「無断で、ということは、断りをいれれば構わぬということか」
「そう、だけど。わたしは、電話できないし」
 休む本人が電話をして、休みを下さいとお願いするなんて、子供の自分では流石にまずいだろう。親はどうしたと訊ねられること請け合いである。
「フン……ならば、ここにいる誰かが連絡をすれば問題なかろう」
「え?」
「(……でんわ、とは、これで間違いないな?)」
 元就の発言に、消えた小太郎が一瞬で電話の子機を持って現れた。反射的に肯定すれば、それを武将達に見せつけるように、ずい、と前に突き出す。
「OK!なら俺が……」
「そ、某がするでござる!」
「旦那達はやめといたほうがいいんじゃないかなー」
「what!?」
「竜の旦那は南蛮語混じりで怪しいし、旦那はこの時代風の話し方じゃないし。せんせーってやつに怪しまれちゃうんじゃないの?」
「……うん。たぶん」
 こくり、佐助の言葉にゆずかが頷けば、二人がガックリと肩を落とした。
 同じ理由で元就も無理だろうし、小太郎はそもそも声が出せない。となると、佐助か小十郎しかいないわけだが……。
「俺がやろう」
「右目の旦那?」
 小太郎が差し出している子機を手にしたのは、意外なことに小十郎が先だった。
「大丈夫ー?上手いこと誤魔化せるわけ?」
「忍のテメェよりは上手くはないだろうがな」
 茶化すような言い方に、小十郎の表情が苦笑に変わる。そしてベッド脇に膝をついた小十郎は、これはどう使うんだ、とゆずかに訊ねた。
「小十郎さん……ほんとにやるの?」
「ああ。その状態のお前を“がっこう”に行かせられねえだろう。ゆずかの父代わりでどうにか押し通すさ」
「……、わかった」
 自分を気遣ってくれているのがわかったから、ゆずかは大人しく頼むことにした。
 電話の使い方を教え、簡単なやり取りの仕方もついでに教えておく。喋りすぎたのか、疲れたような顔をするゆずかの頭を撫でて、小十郎は子機を手にしたまま廊下に出た。
「……これか」
 学校の電話番号は、リビングにある親機の上の壁に貼ってあった。この数字、とやらと同じ記号を押せば電話がかかるらしいが。
 少したどたどしい手つきで、子機のボタンを押していく。それから耳に当てれば、ゆずかに言われた通り、とぅるる、という機械音が聞こえてきた。
「……」
 やけに緊張してきたが、ここで気圧されるわけにもいかない。ぶつ、と突然途切れた音の後に、はい、と応じる女性の声があった。
「四年三組の倉橋という者だが……、担任をお願い出来るか」
『私が担任ですが。倉橋さんのお父様ですか?』
「い……いや、父親はしばらく日本を離れていて、その間、ゆずかの世話を任されてる片倉という」
『片倉さん、ですか』
 訝しげな声ではあったが、どうにか一先ず納得してくれたらしい。知らず知らずのうちにホッと息を吐く。
『それで、今日はどうされました?』
「実は、ゆずかが昨夜から熱を出してな……、体調が回復するまで、“がっこう”を休ませたいんだが」
『そうですか、倉橋さんが……』
 心配そうに呟いた担任は、それならば仕方ないですね、と快く了解してくれた。……が。途中で舌打ちのような音が聞こえた気がしたのは、小十郎の聞き間違いなのだろうか。
『お大事に、とお伝え下さい』
「ああ、すまない。……失礼する」
 ぴ、とボタンを押して通話を終了させた小十郎が凝ってしまった首を回していると、背後に気配が生まれた。
「右目の旦那、ちゃんと出来た?」
「……餓鬼扱いすんな。テメェに心配される謂れはねえ」
 一気に寄せられた眉根に苦笑して、頭の後ろで手を組んだ。あの頑固で融通のきかない竜の右目が、まさかゆずかの為とはいえ、わざわざこんな事をするとは思わなかったのだけど。
「ゆずかは寝たのか」
「うん。寝かしつけておいたよ。旦那達もそろそろ降りてくるんじゃない?」
「そうか」
 ともかく、これでゆずかもゆっくり休めるだろう。安堵した小十郎は、リビングを出ようと歩き出す。
「俺様も手伝うよ」
「あ?」
「ゆずかちゃんになんか作るんでしょ?食べないと治らないからね」
「ああ。早く治してやらないとな」
 風邪だって、自分達の時代では馬鹿に出来ない病だったのだ。臥せっているゆずかよりも、やはり元気なほうがいい。
 そっと天井を見上げた小十郎は、静かに眠っているであろうゆずかを想って微笑を浮かべた。


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